本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

読書日記(一般・その他)

ダーントン『猫の大虐殺』を読む

ロバート・ダーントンの『猫の大虐殺』(1984年、海保眞夫、鷲見洋一訳、岩波現代文庫<岩波書店>、2007年)を読んだ。本書は最初、岩波書店から単行本として1986年に刊行されたが、私が読んだ岩波現代文庫版は、そのなかから第3章、第5章を省略して編集した簡…

『マルゼルブ フランス18世紀の一貴族の肖像』を読む③ーールイ16世の弁護人

大革命が始まったとき、マルゼルブは、すべての公職から退いていた。しかし国王裁判が決定し弁護人の引き受け手がなかったときに、マルゼルブはすすんで弁護人を引き受ける。 この行動にたいし、ルイ16世は次のようにこたえたという。 「親愛なるマルゼルブ…

『マルゼルブ フランス18世紀の一貴族の肖像』を読む②ーー租税法院長から大臣に

ここで、マルゼルブについてあらためて紹介しておくと、有力な法服貴族の家に生まれ、1750年、父ラモワニョンが大法官になったのにともない、同年租税法院院長およびDirecteur de la librairieに就任した。租税法院院長時代に行った建言は評判が高く、ルイ16…

『マルゼルブ フランス18世紀の一貴族の肖像』を読む①ーー出版行政とのかかわり

木崎喜代治氏の『マルゼルブ フランス18世紀の一貴族の肖像』(岩波書店、1986年、以下『マルゼルブ』と略記)を読んだ。著作や建言などを交えながら、18世紀フランスの政治家クレチアン=ギヨーム・ド・ラモワニョン・ド・マルゼルブ(1721年~94年)の一生を追…

ダーントン『検閲官のお仕事』を読む⑤ーー活字文化について考えさせられる

さて、以上の三部をまとめるとどういうことになるだろうか。 ダーントンは自問する。「検閲とは何なのか」(本書261頁)と。しかし、「この問いは正当なものだが、フランス人が『立て方の悪い問い(questions mal posées)』と呼ぶ概念上の落とし穴の一つ」(本書…

ダーントン『検察官のお仕事』を読む④ーー共産主義東ドイツ

第三部の舞台は崩壊前の東ドイツだ。 東独では、表現の自由を保障する憲法によって、公的には検閲は存在しないとされていた。しかし実際には、次のようなシステムによって、出版が統制されていた。 まず組織の面では、政府の頂点である閣僚評議会の下に文化…

ダーントン『検閲官のお仕事』を読む③ーー英領インド

第二部は、19世紀の英領インドに舞台を移す。インドの出版関係の法規は自由を尊重するイギリス本国にならっているため、名目的には<検閲>という制度は存在せず、出版取締りは個々の出版物の摘発と裁判をとおして行われた。 冒頭で取り上げられるのはジェイム…

ダーントン『検察官のお仕事』を読む②ーーブルボン朝フランス

まず第一部「ブルボン朝フランス」。 冒頭でダーントンは次のように書く。「(18世紀についての)一般的な歴史解釈では、表現の自由を促進しようとする作家の試みと行政官の抑圧的な活動を対比させる。(中略)こうした解釈には利点が多い。古典的自由主義や人権…

ダーントン『検閲官のお仕事』を読む①ーー著者の経歴と方法論

昨年12月に刊行されたロバート・ダーントンの『検閲官のお仕事』(2014年、上村敏郎、八谷舞、伊豆田俊輔訳、みすず書房<2023年>)を読んだ。三部に分けて、18世紀のブルボン朝フランス、イギリス支配下の19世紀インド、20世紀の東ドイツで書籍の検閲がどのよ…

18世紀フランスの冤罪事件を追った著作が届く

年末に、Amazonで注文した『Que passe la justice du roi--Vie, procès et supplice du chevalier de la Barre』(Max Gallo, 2011, André Versaille éditeur)が届いたので、読むともなしにパラパラとページをめくっている。タイトルは訳しにくいのだが、意訳…

高等法院司法官の実態に迫った宮崎揚弘の『フランスの法服貴族』

宮崎揚弘の『フランスの法服貴族 18世紀トゥルーズの社会史』(同文館、1994年)を読んだ。フランス革命前のアンシャン・レジーム(旧体制)期の地方都市トゥルーズの司法官の実態を探った地味な労作だ。 フランス旧体制下の法服貴族へのレクイエム 最初に、本書…

モルレの『18世紀とフランス革命の回想』を読む

アンドレ・モルレ(1727年~1818年)の回想録『18世紀とフランス革命の回想』(鈴木峯子訳、国書刊行会、1997年)を読んだ。モルレは、日本ではほとんど知られていない(そしておそらくフランスでも)18世紀の思想家、文筆家、翻訳者。リヨンの貧しい商人の家に生…

石井三記の『18世紀フランスの法と正義』を読む

石井三記の『18世紀フランスの法と正義』(名古屋大学出版会、1999年)を読んだ。法や正義について論じた抽象的な著作かと想像し、それはそれでいいやと思って購入したのだが、実際には非常に具体的な題材を取り上げており、よい意味で想像を裏切られた。 18世…

佐藤賢一『かの名はポンパドール』を読む

佐藤賢一の『かの名はポンパドール』(世界文化社、2013年)を読んだ。もちろん、ルイ15世の寵姫ポンパドゥール侯爵夫人(1721年~64年)の伝記を題材にした歴史小説だ。 直前にミットフォードによるノンフィクションの伝記『ポンパドゥール侯爵夫人』(邦訳:柴田…

西洋近代芸術の成立史をコンパクトにまとめた『近代美学入門』

井奥陽子の『近代美学入門』(ちくま新書、2023年)を読んだ。 内容は「芸術――技術から芸術へ」、「芸術家――職人から独創的な天才へ」「美――均整のとれたものから各人が感じるものへ」「崇高――恐ろしい大自然から心を高揚させる大自然へ」「ピクチャレスク――荒…

ポンパドゥール侯爵夫人の伝記を読む

『精神について』の翻訳一次校正終了後の第一作目として、ポンパドゥール侯爵夫人(1721年~64年)の伝記『ポンパドゥール侯爵夫人』(ナンシー・ミットフォード、1954年、邦訳:柴田都志子、東京書籍、2003年)を読んだ。ポンパドゥール侯爵夫人は、言わずと知れ…

王寺賢太の『消え去る立法者』を読む

王寺賢太の『消え去る立法者 フランス啓蒙における政治と歴史』(名古屋大学出版会、2023年)を読み終えた。18世紀のフランス啓蒙思想を代表するモンテスキュー(1689年~1755年)、ルソー(1712年~78年)、ディドロ(1713年~84年)の政治的テクストを精読し、そこ…

『レコード芸術』廃刊に時代の変化を思う

クラシック音楽の録音評を中心にした月刊誌『レコード芸術』(音楽之友社)が6月に休刊(実質廃刊)した。私は最近ようやくその最終号を入手したが、以前と比べて、かなり薄くなっている。 『レコード芸術』最終号 同誌は1951年創刊で71年の歴史があるが、1951年…

自然観察を人間観察に深めた『森の生活』

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817年~62年)の『森の生活(ウォールデン)』(1854年、飯田実訳、岩波文庫)を読んだ。あらためて説明する必要もない19世紀アメリカ文学の古典だ。 自然の中での2年間の生活を記した『森の生活』 ウォールデンは、マサチュー…

ダーントン『革命前夜の地下出版』を読む

アメリカの歴史学者ロバート・ダーントンの『革命前夜の地下出版』(1979年、関根素子、二宮宏之訳、岩波書店<1994年>)を読んだ。大革命以前のフランスの出版状況や著作家たちについて書かれた研究書だ。 本書は、フランス革命直前の出版状況を克明に分析して…

司馬遼太郎『アメリカ素描』を読む

司馬遼太郎(大正12年<1923年>~平成8年<1996年>)の『アメリカ素描』(新潮文庫)を読み終えた。昭和60年(1985年)、司馬がカリフォルニアとアメリカ東部を訪れた際に書かれ、元々は同年読売新聞に連載された印象記だ。アメリカ見聞録というより、アメリカで見た…

ポーランド広報文化センターから本をいただく

東京のポーランド広報文化センターに小訳『分割されたポーランドを訪ねて』をお送りしたところ、その返礼にと、同センター所長名で『素粒子、象とピエロギとーー101語のポーランド』というユニークなポーランド紹介の本をいただいた。 ポーランドについての…

ポーランド最後の国王の伝記が届く

小訳『ポーランド問題について』の出版間際になって、Amazon に注文していた『The Last King of Poland』(2020, Weidenfeld & Nicolson)が届いた。内容は、タイトルのとおり、ポーランド最後の国王スタニスワフ2世(1732年~98年、在位1764年~95年)の伝記。 …

阿川弘之『米内光政』を読む

阿川弘之の『米内光政』(新潮文庫、1982年)を読んだ。昭和10年代に内閣総理大臣、海軍大臣を歴任した米内光政(明治13年<1880年>~昭和23年<1948年>)の伝記だ。 この本を読んだのは、このところ数カ月『精神について』と『ポーランド問題について』の校正が続…

新名哲明の『ポーランド紀行』を読む

新名哲明の旅行記『ポーランド紀行』(批評社、1991年)を読んだ。1989年秋、新名が約40日かけてポーランドをまわったときの記録だ。1989年というと、ポーランドで総選挙が実施されて一応の民主化が始まった年であり、隣国東ドイツではベルリンの壁が崩壊して…

『図説プロイセンの歴史』を読む

『図説プロイセンの歴史 伝説からの解放』(セバスチャン・ハフナー著、魚住昌良監訳、川口由紀子訳、東洋書林、2000年)を読んだ。 プロイセン=ドイツととらえる方も多いかとおもうので、はじめに簡単に説明しておくと、「プロイセン」はバルト海に面した現在…

『物語ウクライナの歴史』を読む

緊急で黒川祐次の『物語ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』(中公新書、2002年)を読み終えた。著者は、1996年から99年まで駐ウクライナ大使を務めたウクライナ通。ウクライナの歴史についていろいろな資料を調べているのは当然のことだが、それらの扱い…

森敦の講演録『十二夜 月山注連寺にて』を読む

森敦(1912年<明治45年>~89年<平成元年>)の講演録(実業之日本社、1987年)を読んだ。この本は、森敦の晩年に、芥川賞受賞作『月山』の舞台となった山形県庄内地方の寺・注連寺で行った連続講演の記録。小説『月山』には、主人公の生い立ちやなぜ月山で一冬過…

『ドライブ・マイ・カー』の原作とチェーホフを読む

濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』を観たのをきっかけに、その原作である村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』(文春文庫)と、小説および映画のなかで重要な役割を果たすチェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』(新潮文庫、神西清訳)を読んでみ…

ロシアの女帝エカチェリーナ二世の伝記を読む

18世紀ロシアの女帝エカチェリーナ二世(1729年~96年、在位1762年7月~96年)の伝記『エカチェリーナ大帝 ある女の肖像』(ロバート・K・マッシー著、北代美和子訳、白水社、2014年)を読んだ。上下二巻の大作で、かつロシア宮廷の逸話を集めたような平板な書き…