明けましておめでとうございます。
このところ、洋物の本の読書が多かったのだが、新春第一弾に選んだのは、今年のNHK大河ドラマ『べらぼう』にちなんだ、鈴木俊幸氏の『蔦屋重三郎』(平凡社新書、2024年)だ。この本は、『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎(以下、<蔦重>と略記)にまつわる話を、『べらぼう』の時代考証を担当する鈴木氏が書き下ろしたというのが売りだ。

読む前は、単純な蔦重の伝記かと思っていたのだが(この本を、私はネットで取り寄せたので、開くまで内容がよく分からなかった)、読んでみると、たしかに話の中心は蔦重であるものの、評伝と言うよりは、むしろ蔦重の時代の出版事情についての解説書という趣。彼の時代にどのような本が企画・出版され、売れたかを具体的な例をあげながら丹念に追っている。
さて蔦重の時代(江戸時代中期)の書籍というと、黄表紙や狂歌本がすぐに連想されるのだが、鈴木氏によれば、蔦重がそれらを次々に出版していったのは事実であるものの、それらの部数は限られており、当時の出版者にとってもっとも儲かるのは、手習いの教本として用いられる実用書「往来物」だったというのがまず興味深い。「時流に乗った黄表紙や洒落本などの出版に目を奪われがちであるが、これらの個々の出版自体はじつは本屋にとってさほどの儲けにはならない」(本書74頁)という。このあと、鈴木氏は、黄表紙を売った利益を試算しているが、それによれば一冊の利益は「現代の感覚では15万円ほど」(同75頁)とのこと。また、「洒落本は作者の自費出版が普通」(同75頁)とも書いている。結局、これらの人目を惹く本の出版は、出版者の遊び心、あるいはよく言って自負心からの行為ということになるのだろう。実用書や自費出版の本を取り扱うという地道な活動が下地としてあって、後世に残る話題性に富む目立つ本が出版できたというあたりが、個人的には非常におもしろかった。
ちなみに蔦重の生年は寛延三年(1750年)で、没年は寛政九年(1797年)。ちょうど18世紀後半にあたる。天明七年(1787年)の田沼意次失脚、松平定信登用以降は、経営戦略の転換を迫られて大変だったようだ。それでも、地方進出などの方策によってなんとか窮地を乗り切ろうとしているなかでの病没ということになる。鈴木氏は、
夏菊にむなしき枕見る日かな
という蔦重を追悼して曲亭馬琴が詠んだ俳句を紹介し、「彼(蔦重)の不在が埋め合わせの利くことではないことを彼(馬琴)は切実に実感していたと思われる」(本書199頁)と本書を結んでいる。