『警察の誕生』(菊池 良生、集英社新書、2010年)を読んだ。日本とヨーロッパの<警察>の歴史をコンパクトにまとめた本だ。
はじめに用語について説明しておくと、日本語の<警察(いわゆるポリス)>は明治以降に生まれた概念(行政組織)で、菊池氏が書いているとおり、それまでの日本で<警察>にあたるものは<奉行所>ということになるだろう。しかし、これまた菊池氏の指摘のとおり、奉行所の機能と警察の機能はかなり異なる。近代の警察は、江戸時代の奉行所が扱っていたかなり広い範囲の行政処置のなかから治安維持等に関する一部の機能だけを抜き出し、その一部の機能を強化したものといえる。
ヨーロッパでは事情はさらに複雑だ。それはつまり、近代以前の治安維持等に関する総合的な行政機構の名称がやはり<police>であり、日本での<奉行所>から<警察>への変化(警察の誕生)にあたるものは、policeという言葉が指し示す内容の歴史的変化ということになるからだ。
(余談ながら、18世紀フランスの作品のなかで、<police>という言葉はとても訳しにくい言葉だ。それはとりもなおさず、この言葉に相当する組織や機能を日本社会のなかで同定するのがとても難しいからだ。)

そこでまず、菊池氏にしたがってpoliceの語源を確認すると、「(ギリシャの)都市国家、ポリスはこれらの参政権を持つ市民の強固な共同体意識によって運営されていた。市民は、政治、軍事、財政上の義務に忠実で、法を守り、秩序ある理想的な状態、すなわちポリティアを作り出した。ポリスはその理想的社会を保障する強制機関として機能した。だからこそポリスが警察の語源となったのである」(本書26頁)ということになる。
したがって、叙述の方法としては、①ヨーロッパにおいて、policeの包括的な機能が歴史的にどのように変化してきたかを追うというものと、②そうしたpoliceの複雑な歴史的機能のなかから治安維持等に関するものだけを抜き出して、<警察>という行政機能は、それぞれの時代にどのように果たされてきたかを追うというものの二つが考えられる。本書における菊池氏の方法論は、②に近いが、そのなかでpoliceの概念の変化も追っている。
ここでは、話を大幅にはしょって、菊池氏にしたがって17世紀フランスのpoliceをみてみたい。
17世紀フランスは「国内経済の利益のためにあらゆる食料品へ生産から販売まで国家的統制を加える。そしてそうなると食料経済に対する警察の規制が食料不足と困窮を予防するという名目で住民の生活に深く関わるようになり、食料暴動の抑制のために国家はさらに干渉を強めていった。ところで国家の干渉と言えば、この重商主義に基づく経済規制の他に、良風美俗の維持を名目としたモラルに対する干渉もまた警察国家の特徴であった。それは宗教改革による宗教分裂に伴い、従来の一元的な教会中央権力(ローマ・カトリック教会)が崩壊し、本来なら教会が引き受ける課題を国家が担うことになった」(本書146頁)からである。
経済規制を<警察>の機能のなかに含ませるということは、現代からは考えられないが、これも<police>が担っていた<行政>のなかには当然含まれる。要するに、国家がどのような治安政策を求めるかに応じて、policeが意味するものは、変ってきたのだ。
しかし1795年のフランス刑法典は、『警察は公的秩序と個々人の財産を守るために存在する』と規定した(本書155頁)。これによって「警察の活動範囲が犯罪の取り締まりと予防に限定されたのである。そして犯罪者を逮捕、起訴する警察とこれを裁く司法とが分化されたのである。これは警察史の大転換であった」(本書155~6頁)とされる。
こうした流れをまとめると、「近代国家が誕生し、ある程度均質化した市民階級が中核をなす安定した社会が出現したとき、警察は見えない形で機能する。ところが、資本主義が進み、労働者階級とブルジョワ階級の階級分化が進み、社会が騒擾化すると警察ははっきりと目に見える形で登場することになる。警察はいずれの形もとることができるように機能しなければならない。そして近代国家が統一国家として存続しようとする限りは警察もまた中央集権的国家警察にならざるを得ない」(本書158頁)ということになる。
本書は、19世紀にヨーロッパに誕生し、日本にも移入された近代的な警察という制度が必ずしも明確に定義できるものではなく、社会の変化に応じて今後さらに変化していく可能性があることを示唆して結ばれる。