渡辺浩氏の『日本政治思想史 17世紀~19世紀』(東京大学出版会、2010年)を読んだ。江戸時代初期から明治時代初期の政治思想を、儒学なかでも宋学(朱子学)の受容と変遷を中心に読み解いた作品だ。

まず、江戸時代における学問(書物)の受容がどのようなものだったのか、渡辺氏の基本的な見解を確認しておく。
「徳川初期には、武士が書物に親しむこと自体、奇異だった。ましてそれが漢字だけで書かれた儒学書であれば、僧侶がお経を誦む姿にも似る。周囲は往々『武士のくせに』と、あざけったようである。ところが、儒学を学ぶ武士という、戦国風の常識からすれば奇異な人が、17世紀の間でもちらほら現れ、さらに徐々に増えていった。」(本書88~89頁)
渡辺氏はその理由を3点あげる。
第一には、「『泰平』下での武士たちのあの身分的アイデンティティ・クライシスを救うという面があったからであろう。実態と遊離した戦闘者としての名誉意識を、儒学的な「士」としての誇りが補うのである。」(本書89頁)
第二に、「武士の組織の維持に役立つ面があったからであろう。(中略)やや民本主義的な説明は、『泰平』における『家中』の士気と規律の維持にとっては、好都合である。」(本書89頁)
第三に、「儒学には、統治のための手引きという面もあった。」(本書89頁)
しかし、「不安定な少数派の立場にあり、信じる教えと徳川日本の現実の落差を感じ、権力との結合を求めながらもその難しさを知った儒学者たちは、まことに独特の思想的立場に置かれていた」(本書98頁)とされる。
その<独特の思想的立場>を、渡辺氏の言葉でもう少し読んでみよう。
「儒学は、それを学んで『徳』を身に付けた人が統治の任につくべきだと主張する。そうであれば、徳川の世にも科挙制度の導入が望ましいということにもなる。しかし、本格的な科挙制度導入は、身分社会の転覆、家職国家の破壊を意味する。逆に言えば、科挙制度導入の可能性も無いのに儒学が広まるのは、実は危険なのである。世襲にして無学な武人の統治自体が、問題化するからである。」(本書98頁)
つまり、渡辺氏によれば、「儒学は、当時さまざまな意味で魅力的であり、しかも危険だった。納得がいくようでいて、不都合だった」(本書112頁)のである。
こうした基本的な見解を前提に、渡辺氏は、江戸時代のさまざまな儒学者の説を紹介しているが、ここではそれは省略し、江戸時代の末期における思想状況の変化を、渡辺氏にしたがってみてみよう。
「18世紀半ば以降、禁裏の威信は輝きと重みを増していた。禁裏自身が派手な宣伝活動をしたわけでもないのに、徐々に、その存在感が大きくなったのである。維新体験者もよく指摘するように、そこには儒学の浸透の影響があろう。禁裏と公儀の併存状態を儒学の枠組みで理解しようとした結果、結局、正統な君主は禁裏であり、公儀は『国政』『大政』を『委任』されているのだという国制解釈が広まったのである」(本書388頁)
「ペリー以降の動揺と瓦解の主な駆動力は、既存の体制内で鬱屈を募らせていた武士たち、とりわけ下級武士たちの、自己と他者の改革と破壊への衝迫であろう。彼等が、『攘夷』や『尊王』を旗印として、『横議』し、下剋上し、戦い、同盟したのである。新政府の構成が示すように、これは、主に下級武士による革命だった。」(本書401頁)
「『尊王』と武士の自己懐疑との結合が、天皇を直接に戴いた武士出身者の構成する政府による、大名支配と武家身分自体の解消という一見逆説的な変革の一因であろう。そうしてのみ、『尊王論』は完成した。その時、水戸学的・頼山陽的歴史意識を受容していた武士たちは、それに抵抗する思想的足場をすでに欠いていたのである。」(本書393頁)
いずれにしても、明治維新はなった。その後の思想状況を、渡辺氏は福沢諭吉と中江兆民をとおして概観する。
福沢諭吉は「宇宙の広大さによって人間を相対化したように、これによって人類史をも相対化する。その観点からすれば、日本一国への思いも矮小な『偏頗心』にすぎない。しかし、そう知った上で、あるいは知っているからこそ、各国割拠の、まだまだ低い文明の段階においてなすべきことを、なすほかはない。最善ではないと自覚しつつ、現在にふさわしいことをするほかは無い。彼は、生涯、その立場から具体的な時論を変幻自在に展開した。それは、シニカルな現実主義にも見え、微温的な妥協論にも見え、そして抑制の効いた理想主義にも見えた。」(本書450頁)
いっぽう中江兆民は、「ルソーと孟子の根本的一致を堅く信じていた。同一の普遍的な『理義』の別の表現だと考えたのである。」(本書463~4頁)
しかし現実の前に兆民の理想主義は挫折する。
「なぜ日本ではこの明々白々の理義が通用しないのか。それは『藩閥元老と利己的政党家』だけの所為ではない。国民みずからが徹底的に考えるということをせず、所詮世の中はこんなものだと安易にシニカルな悟りをひらき、結果として既成事実に追随する、その『国民たるものの無気力』の結果だった。問題は、日本の人民自身に投げ返されるのである」(本書470頁)
兆民の思想に対する渡辺氏の最終評価、そしておそらく本書全体をとおしての読者への提言は以下のようなものである。
「よい政治社会の実現のためには、時々の『利害』を超えた深い思索が必須だという兆民の判断自体は、おそらく正しい」(本書471頁)。
【当ブログ内の参考記事】
「渡辺浩『近世日本社会と宋学』を読む」