本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

充実した内容の服部春彦『フランス近代貿易の生成と展開』

服部春彦氏の『フランス近代貿易の生成と展開』(ミルルヴァ書房、1992年)を読んだ。

本書が対象としている時期のヨーロッパ諸国の貿易活動というと、スペイン、オランダ、イギリスの動きが注目されることが多く、フランスの印象は薄いのだが、服部氏は、「たしかにフランスは、近代初頭以来西ヨーロッパ諸国間に繰り広げられた国際貿易競争において一度も首位の座を占めることはなかったが、しかしその「めざましい二番手」(brilliant second)であったフランスが、この時期の国際貿易の発展と世界経済の構造変化(いわゆる資本主義的世界体制の形成)に果たした重要な役割を見逃すことはできない」(本書「はしがき」i頁)と指摘して、分析を始めている。

『フランス近代貿易の生成と展開』は、内容が充実した労作だ

本書が明かにしている事実は非常に多いのだが、現在の私の関心からいって重要なポイントは「1750-55年にいたる間に、輸入に占める工業原料の比重と輸出に占める工業製品の比重がともに著しい上昇をとげ、18世紀中葉にはフランスの対外貿易は工業原料の輸入と工業製品の輸出を主軸とする「工業国型」の構造を打ち出すにいたった」(本書「結語」326頁)という点だ。ちなみにここでいう工業製品とは毛織物、麻織物を中心とする繊維製品で、なかでも麻織物の輸出ではヨーロッパの首位に立っていた。

その後、植民地である西インド諸島(主に現在のハイチ)からの砂糖とコーヒーの輸入が増え、「工業国型」の貿易構造は崩れてしまうが、それらの砂糖とコーヒーはフランス国内で消費されたのではなく、ヨーロッパ各国に再輸出されて莫大な利益を生み出した。本書の関心は、こうした事実を明らかにすることにあるので、これに対して服部氏は論評を加えていないが、結局この貿易から得られた利益は貿易商人たちの利益であって、国家の繁栄に結びつかなかった(しかもハイチが独立すると消滅した)というは、18世紀フランスの貿易構造の脆さを象徴しているのではないだろうか。

ちなみに七年戦争終結(1763年)まで、北米地域でフランスは、西インド諸島だけでなく、カナダとルイジアナに広大な植民地をもっていたが、終戦を決めたパリ条約で両植民地を放棄している。貿易の観点からこれをみると、両植民地とも先住民から得る毛皮などの他には目立った産物がなく、西インド諸島よりも経済価値が低いと判断されたためだった。この点は、フランスとイギリスの植民地政策の大きな違いだが、服部氏の研究は、この事実をも裏づけている。

いずれにしても、革命前のフランスはヨーロッパにおける貿易大国の地位を築いていたのだが、ナポレオン戦争期とその戦後処理で多くの植民地を失い(ドル箱のハイチは、フランスに反旗を翻して独立)、貿易大国の座から退いたというのが本書の結論だ。

本書は資料の紹介と分析に徹しているが、そこから読み取れるものは非常に多い。

なおこの研究は、公刊されている既存のデータの分析だけで成立しているのではなく、パリの国立古文書館とルーアン、サン=ブリューの市立図書館でこれまで利用されていなかった貿易統計資料を直接調査して、成立したもので、大変な労作だ。