本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

翻訳の二次校正が終わる

『精神について』の二次校正が本日ようやく終わった。最後に残ったのは、自分が書いた<訳者からのメッセージ>の校正だったが、知人からもらったアドバイスを反映させて、自分なりに分かりやすさを意識した。

翻訳の二次校正がようやく終わった

また、すでに校正して共訳者に送付した分についていろいろ問い合わせが入っており、それへの対応がまだ残っているが、とりあえずは一安心。

今後の手順としては、二次校正の内容を出版社の方でもう一度ゲラに反映させ、それをもう一度チェックする(三次校正)という作業があるが、ともかくこれで、だいぶ刊行に近づいた。

喉の炎症で病院に行く

金沢から戻ってからずっと喉が痛くて、一時はほとんど声が出せないほどだった。熱はほとんどないのだが、空咳がひどくて、けっこう消耗する。このためアルバイトを数日休んだほどだ。ここ数日、症状はだいぶ軽くなってきてはいるものの、いつまでたっても軽い痛みがおさまらない。私はもともと喉が弱い方で、喉の炎症をおこしやすいのだが、今回の炎症はいつもとちょっと違っていて、やっかいだ。それに、目も充血している。

痛みを感じてすぐに、喉の炎症用の市販薬を買ってきてのんでみたが、症状はほとんど改善しない。最初の一般的な薬を全部服用し終わって、次に買ってきた漢方薬も、あまり効果がないままのみ尽くしてしまった(夜中に咳が止まらなくなったとき、龍角散がよく利いて、それにはとても助けられた)。こうなると、次の薬はどうしたらいいか、どうしたら治るのか、しろうとにはまったく見当がつかない。

喉の炎症で病院に

ともかく、今日はアルバイトが休みなので、近くの総合病院に行って、症状をみてもらった。診察の結果は、ウイルス性の感染症ではないかということだった(コロナではない!)。炎症の原因が分かり、喉はまだ少し腫れているが、治りかけているという診断結果だったので、ちょっと安心した。また、心配の種の薬についても、ウイルス対策の薬はないものの、目薬を含めて4種類出してもらって、これまた安心した。

翻訳の二次校正終了にメド

今日も朝から『精神について』の二次校正。

二次校正用のゲラが届いたのが2月11日。前にも書いたように、出版社からは、「5月に刊行したいので、1カ月ほどで二次校正を終えて欲しい」と言われている。しかし『精神について』のゲラは約750頁あり、それを細かく点検していくのは、やはりかなり時間がかかる。

今日は校正がかなり進んだ

今日校正した箇所のなかでは、たとえば<bons mots>にどんな訳語をあてたらいいのかちょっと悩んだ。どんな文脈でこの言葉が出てくるかというと、「悪意に対して惜しげもなく向けられる礼賛と、悪意がもたらす機知の評判に満足して、彼らは、自分たちの善良さを自分で十分評価することができない。彼らは、自分たちの<bons mots (善良な言葉?)>によって自分が恐ろしい者になることを望んでいる」という文脈で、ここでの<善良な言葉>は、実際には<善良じゃない言葉>のことだ。この箇所は、これまで何度も読んではいるのだが、前後の別のところが気になって、<善良な言葉>でいいだろうぐらいに考えて、読み過ごしていたのだ。

自分を恐ろしい者にする<bons mots>って、どんな言葉?

ともかくまずは現在の進行状況を出版社の担当者にメールし、遅れていることへの了解の返信をもらった。

その返信を励みにせっせと校正したら、今日はかなり作業が進んだ。現時点で残っているのは、第四部第12章以降の本文約70頁、解説、目次、読者へのメッセージ。このうち「解説」は、共訳者が書いたので私が校正すべき性質のものとは思えないのだが、それを入れても約残りは100頁。今度の週末に頑張って校正すれば、二次校正はなんとかそれで終わりそうだ。

ここのところこの校正がかなりのプレッシャーだったし、実際、校正が終わらないと他のことは何もできないので、これでちょっと安心だ。

翻訳の二次校正が遅れ気味

今日は朝から『精神について』の二次校正。私の場合、校正は朝が一番はかどる。とはいえ、金沢訪問などのために作業はだいぶ遅れている。

今日もせっせと翻訳の校正

出版社からは1カ月くらいで二次校正を終えて欲しいと言われているのだが、細かい直しが多くて、まだ全体の7割くらいしか済んでいない。それでも今日はなんとか100頁ほど読めたので、次の休みに今日読んだ分を仕上げて共訳者に送りたい。

この調子でいくと、作業は今月いっぱいかかりそうな感じだ。

駆け足の金沢訪問⑤ーー天気に翻弄されながら、無事に撮影終了

兼六園の向かいにある国立工芸館に着いたのは午後1時。大和百貨店を出たときはまだ曇り空だったのだが、工芸館前に着いてタクシーを降りたとたんに、雨の混じった大粒の霰が降ってきた。

工芸館に着いたら、突然霰が降ってきた

濡れては大変とあわてて工芸館に飛び込んで、一息。簡単な打ち合わせの後さっそく作品解説映像の撮影に取り掛かった。スタッフの準備が良く、撮影そのものはあっけないほど順調に終わった。

撮影はとても順調だった

皮肉なもので、撮影が始まると空はまた晴れてきた。しかし、撮影が終わって帰ろうとしたら、今度は土砂降りの雨。金沢は天気が変わりやすいと聞いていたが、この日の午後の変わり方にはほんとうにびっくりした。まあ、今回の金沢訪問の目的である撮影そのものがうまくいったので、良しとするしかない。

国立工芸館は、明治時代に建てられた陸軍の瀟洒な建物を移築して活用しているのだが↓、今回は天候が悪く、行きも帰りもきちんとした建物の外観写真を撮れなかったのが心残りだ。

https://www.momat.go.jp/craft-museum/architecture

さて、雨のせいでもうどこにも行けないので、タクシーであわてて金沢駅に移動したのだが、駅に着いたとたんに雨があがった。すごい天気の変わり方だ。とはいえ、ここまで来たらもう帰るのみと、ただちに新幹線に乗り込んで東京に戻った。

駆け足の金沢訪問④ーーせせらぎ通りを散策し、大和で昼食

金沢城公園を一回りした後、方向転換して香林坊の大通りを横切ると、犀川の水を引いた鞍月用水にそった<せせらぎ通り>に出た。

犀川の水を引いた用水路に沿った<せせらぎ通り>

鞍月用水の対岸にはかわいらしい小さな店がたくさんあり、通りと店のあいだにたくさんの小さな橋が架かっていて独特の風情がある。

用水には小さな橋がたくさんかかっていて、独特の風情がある

通りにそって少し歩くと、<ひらみぱん>という 、よさげなパン屋が見つかった。
https://hiramipan.co.jp/

しゃれた雰囲気の<ひらみぱん>

おそるおそる天下内に入ってみると…、「う~む、いい感じ。」この店で、朝食用のパンを買って、ホテルに戻った。

店内には、おいしそうなパンがずらり

その後、10時半過ぎにホテルをチェックアウト。お昼ご飯をどこでとるか、候補はいろいろあったのだが、予約が必要だったり休みだったりして、すべて断念。結局ホテルの隣、大和百貨店の食堂街で昼食をとることにした。ここだと、すぐにお土産が買えるし、国立工芸館への移動も簡単という利点もある。

北陸を代表する百貨店<大和>で昼食

選んだレストランは8階の食堂街にある<旬彩グリル 香林>。なんでもありの典型的なデパート食堂だが、金沢城がすぐ眼下に見えて、景色は最高。右側の煉瓦造りの建物は、石川四高記念文化交流館。この画像では見えないが、今回の旅行の目的地、国立工芸館は、右手のさらに奥の方だ。

大和8階のレストラン<香林>は、窓からの景色が絶品

ここでは、金沢にちなんだ<兼六御膳>という定食を注文した。

香林の<兼六御膳>

食事しながらゆっくり休息。このときは、なんとなく青空が見えていたのだが…。

駆け足の金沢訪問③ーー金沢城公園を観てまわる

翌8日は早朝に目が覚めた。この日の金沢は、曇りで肌寒い。

起き出してまず気になったのは『精神について』の校正。しかし環境がかわったせいか、疲労のせいか、あまり集中できなかったので、やむなく、金沢市内を見物することにした。

独特の形をした尾山神社の門

まず向かったのは、前田利家とまつを祀る尾山神社。ホテルの200mほど先を右にまがると、すぐに独特の形をした門が見えてきた。

前田利家とまつを祀った尾山神社の拝殿

こちらは尾山神社の拝殿。境内のあちらこちらに梅が植えてあるが、考えてみたら、前田家の本姓は<菅原>なので、梅とは切っても切れない縁だ。

金沢城の鼠多門

尾山神社の境内を抜けると、すぐに金沢城の鼠多門。この門は最近再建されたばかりという。

玉泉院丸庭園

ここからから城内にはいると、すぐ目の前に玉泉院丸庭園が広がっていた。兼六園が来客用の外向きの庭であるのに対し、こちらは前田家の自分たち用の庭だという。

元旦の大地震で崩れた石垣

庭園の裏から二の丸に向かったが、よく見ると、一月の地震で崩れた石垣も目についた。

本丸跡から見た橋爪門と五十間長屋

金沢城は何度が大火にあっており、天守閣は、江戸時代に焼失したまま再建されていない。ともかく本丸跡の高台まで行くと、二の丸の橋爪門と五十間長屋が見下ろせた。