本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

深草正博『17世紀の危機とフランス経済史』を読む

深草正博氏の『17世紀の危機とフランス経済史』(現代図書、2021年)を読んだ。「17世紀の危機とフランス国民経済」「17世紀の危機とコルベールの工業政策」「17世紀フランス経済史をめぐる諸問題」「17世紀の危機と移行論争」「18世紀後半フランス伝統工業の衰退について」「書評/服部春彦『フランス近代貿易の生成と展開』」からなる論集だ。

この本は、「危機」による17世紀の繊維産業の変化を詳述している

深草氏は愛知教育大学出身のフランス経済史研究者で、この本に収載されている論考は、1981年~93年にかけて書かれたものだが、「私以後、わが国においては、フランス17世紀の危機研究は驚くほど進んでいないといってよい」(本書「あとがき」272頁)とのことで、私にはとても新鮮な内容だった。

さて本書のキーワードである「17世紀の危機」とは、イギリス、フランス、オランダなどで17世紀中期に同時に起こった経済的衰退のことで、その原因としては、「①人口圧、②戦争、③気候不順、④新大陸からの銀の流入の減少、⑤東欧の通貨混乱、⑥ヨーロッパ内部の制度的・社会的諸条件等、がその主なものとしてあげられよう」(本書34頁)という。

原因はともかく、それを前提として、あらためてイギリス、オランダ、フランスの工業生産(そのメインは織物)や輸出状況をみると、イギリスはいちはやく高級織物から中・低級織物へと生産の中心を変え、国際競争(輸出)を勝ち抜いていく。これに対してオランダは、当初高級織物からの転換を図ったが、価格競争でイギリスに敗れ、高級織物中心の生産に戻っていく。またフランスは、イギリスの後塵を拝するものの、イギリスと同様に高級織物から中・低級織物へと生産の中心を変え、産業の生き残りを図っていく。イギリス、フランスがなぜ低価格の織物を生産することができたかというと、生産拠点を都市から農村に移し、農村の安い労働力を使うことができたからだという(オランダには、こうした後背地がなかった)。

ところでフランスの場合、以上の図式に当てはまるのは、主として北フランスで、そこでは「都市の商人層による農村工業の問屋制度的編成が、すでに17世紀の全般的危機時代における国際競争において、より安価な製品を作るために、農村の安い労働力を使用するというメカニズムによって生じてきた現象」(本書217頁)とされる。

このあたり、私にとって興味深いのは、以前18世紀フランスの農業について調べていたときに出てきた、北と南の大きな違いとの対比だ。つまり、北フランスでは大規模な定額小作が多く、南フランスでは小規模な分益小作が多いという農業の特徴と、織物の生産形態が符合しているように思われるのだ。

定額小作というのは、一定の使用料を支払って小作人(fermier)が土地を借り受けて農業を行うのだが、収益が多ければそれは小作人の利益となるので、小作人は農業経営に多大な関心を払っていわば「企業的な農業」を行う。日本語では彼らは「小作人」だが、日本語のイメージとは異なって彼らはかなり大規模な農業を行なっており、数多くの使用人を抱えている。その最下層の日雇い的な労働者が、おそらく繊維産業にも流れていったのだろう。

これにたいし分益小作では、収益が多くてもそれは土地所有者と小作人(métayer)の折半になるので、収益増加に対する小作人の関心は薄く、経営感覚をともなう農業はそこからは生じなかった。

要するに、18世紀末に出てくる結果はともあれ、北フランスでは、農業でも繊維製品の生産でも、利益重視の企業家的経営が盛んだったことが分かったというのが、私にとってはこの本を読んだ最大の成果だ。

アメリカ独立関係の翻訳初稿ができる

昨年10月にはじめたCという著者の『アメリカ独立の影響』(仮題)の翻訳初稿ができたので、年末に依頼者である某大学の教官に送付した。訳文は原稿用紙約60枚ほど。

アメリカ独立の影響』の翻訳初稿ができた!

この作品は、パリ条約(1773年)でアメリカ独立が承認されて間もない1786年に書かれ、1788年に公刊されたもので、人権思想や出版の自由に対する影響と貿易を中心とする経済面での影響などを幅広く論じている。また作品が発表された1年後にフランス革命が起きているので、革命前のフランス知識人が新しく生まれたアメリカの社会や制度のあり方をどのようにとらえていたかを知ることもできる。貴重な作品ではあるが、貿易関係の記述の部分は、あまり勉強していない分野なので当時の実態がよく分からず、意味を把握し、適切な訳語を選択するのがちょっと難しかった。

文章構造が複雑で翻訳に難儀した

ちなみにCという人物は自然科学や数学の確率論から社会科学へと関心領域を広げた思想家で、文章は論理的といえば論理的なのだがかなり固い感じ。主語や目的語を「〇〇と△△」という風に二つ以上並列することが多く、しかもそれを関係代名詞で後ろから説明したりするので、文章の構造が複雑になって必要以上に分かりにくく、難儀した。この箇所も「y(それ)」とか「ce commerce(そうした貿易)」が何を指しているのか、一読しただけでは理解しづらかった。ちなみにこの部分は次のように訳してみた。

「タバコに関するフランスとアメリカの貿易について、私はすこしも語らなかった。なぜなら、この貿易を行っているのはフランスではけっしてなく、タバコに関する特権をもった会社だからであり、その会社の利害関心は、国民と利害関心が対立していないあらゆる場合、国民の利害関心とまったく無関係だからである。そうした貿易を、なんらかの国民となんらかの方法で行うにせよ、それはつねに同じように有害である。ある会社は他の会社からしか購入しないだろう。しかしながら、アメリカ人からこの商品を購入するとき、銀を用いる貿易と比較した場合に交換貿易から帰結する利点の一部がまたも見いだされるだろうとしても、独占貿易が導くすべての種類の偽の費用は、この利点をはるかに上回り、ほとんど感じられないほどになることだろう。」

このなかの「銀を用いる貿易(un commerce en argent)」という部分は、銀貨で支払うのか、銀塊で支払うのか、それともより一般的にお金(argent)で支払うのか、当時の貿易慣習が分からないので、ほんとうのところを言えば訳語が決められない。

とりあえずいちおう翻訳は終わったものの、課題山積だ。

手軽に夕食を済ます

デジカメの設定が終わり、ブログを再開したので、まずは今日の夕食をアップすることにした。

こちらが本日の夕食

こちらが本日の夕食。ほぼ一日中家にいて、本を読んだり2月に予定されている展覧会の準備をしたりしていていたので、手間のかかる準備は何もしていない。買ってきたのは中央のマグロののっけ盛りくらい。小鉢はだいたい朝食の残りを並べて処理。

ちなみに、シンプルな食器が好きとか白い食器が好きという話はよく聞くが、私はいろいろな模様が入った磁器の食器で、にぎやかに食事をするのが好きだ。

メインの豚ロース・ソテー、バジル・ソース&チーズ載せ

メインは豚ロース・ソテー、バジル・ソース&チーズ載せ。簡単にできておいしいので便利だ。

ご飯にはカレーの残りをかけて食べた

ご飯には昨日つくったチキンカレーの残りをかけて食べた。これでもう満腹になった。

新しいデジカメを購入

先日スマホの設定を変えたところ、画像がPCに送れなくなってしまい、しばらくブログ更新を休止していた。そのままにもしておけないし、また今年は2月に広島で開催される展覧会に行く予定で、そのときはデジカメが必要と思っていたので、予定をくりあげて新宿のビックカメラでデジカメを買ってきた。

ソニーの新しいデジカメを買ってきた

もともと一眼レフを買うつもりはなかったので、私が買ったのは手軽に使えるコンパクトタイプ。メーカーや機能にあまりこだわりはなかったのだが、店頭で紹介している高級機種はすべて在庫切れということだったので、在庫があるなかで比較的良さそうな機種はないかと適当に選んで、ソニーのデジカメを買ってきた。ただ購入の際に店員からの説明はほとんどなかったのだが、どうも私が買った機種は、動画撮影が手軽にできるのが売りらしい。動画機能は私にはほとんど無縁そうなのでムダなような気もするが、まあ良しとしよう。

さて、家に戻ってカメラの初期設定をしようとおもい、取説を読むと、「まずバッテリーを充電せよ」とある。

これが難関で、メカ音痴の私にはどうしたらよいかさっぱり分からず、四苦八苦。家にUSBケーブルはあるのだが、それをデジカメにつないでもちっとも充電できない。「もう一度ビックカメラに行って、やり方をきいてこようか」と思いつつ、ああでもない、こうでもないといろいろやっているうちに、結局、USBケーブルの使い方を間違えていたことが分かり、ようやく充電。充電が済んだら、初期設定はあっという間に終わった。

ということで、ようやくブログが再開できる。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。

すがすがしい年明けになった

南関東は寒いけど快晴で、すがすがしい良い年明けになった。部屋には水仙の香りがただよって気持ちが良い。

新年用の紅白のブルゴーニュ・ワイン

こちらは年初用のワイン。私はブルゴーニュ党なので赤はヴォルネイ(Volnay)、白はピュリニー・モンラシェ(Puligny-Montrachet)を選んだ。ヴォルネイは1976年のものなのでダメになっていないか心配だが、まあこれ以上とっておいても仕方がないし、もう保存の限界だろう。ピュリニー・モンラシェはめったに飲まないので期待大。

友人につくってもらったお節料理

お節料理は、友人がいろいろな素材を組み合わせてカラフルにつくってくれた。

元旦の朝はお節と寿司の組み合わせ

さて元旦の朝は、前夜に紅白歌合戦を観ながら食べた寿司がすこし残っていたので、お節とあわせそれも食べた。飲み物は、とりあえず日本酒。画像を見ると、睡眠不足で髪は立っているし眠そうな目をしている(笑)。着てるセーターは30代のときに購入したもので、我ながらものもちがいい。

ということで、本年も小ブログをどうぞよろしくお願いいたします。

市販の前菜でホーム・クリスマス

クリスマスおめでとうございます。みなさん、どんなクリスマス・イヴの夜を過ごされたでしょうか?

メリー・クリスマス!

私は昨日もアルバイトがあったので、イヴといってもほとんど何も準備できず、アルバイトの帰りに新宿のI百貨店で買った前菜やショートケーキで、ホーム・クリスマスだった。 

飲み物はイタリアの発泡酒

飲み物はイタリアの発泡酒シャンパンが高いので予算を押さえたかったということもあるが、前菜をイタリア・料理にしたので、飲み物も料理に合わせようと、自分なりに理由付けしてみた(笑)。

デパートで買ってきたイタリア風の前菜

市販の前菜も、盛りつけし直せば、なんとなくわが家らしい雰囲気。ささやかにクリスマス・イヴを祝った。

新宿で黄金丘陵のプレミアム・ワインを飲む

10日から新宿のワインバー「マルゴグランデ」で、<プレミアム・ワイン・フェア>が始まった。普通めったに飲むことができない白赤の特級ブルゴーニュ・ワインをグラスで飲めるというとても贅沢な企画なので、いそいそと出かけて、シュヴァリエ・モンラシェとリシュブールを飲んできた。それぞれ、売り切れご免の1本だけの企画。

1杯目はプイィ・フュイッセ

この日の口開けは、通常メニューに載っている<プイィ・フュイッセPoully Fuissé>。ブルゴーニュ地区でも南端のボーショレ地区に近いマコン地区で生産される白ワインで、しっとりしていてまずまずの味。普通にワインを楽しむならば、これで十分だ。

2杯目はシュヴァリエ・モンラシェ

ただしこの日はスペシャルデーなので、2杯目からはプレミアム・ワインを注文した。

まずは<シュヴァリエ・モンラシェ Chevalier Monrachet>。ブルゴーニュ地区のなかでも最高級のワインがひしめくコート・ドール(黄金丘陵)と呼ばれる地区の南側コート・ド・ボーヌ地区のなかでも特に優れた白ワインを生産するピュリニ・モンラシェ村のモンラシェ地区の西隣で生産されている白ワインだ。

ブルゴーニュ・ワインの説明をしようと思うとどうしても生産(=醸造)地域の説明が長くなるのだが、ブルゴーニュ・ワインの格付けは米の格付けと似たところがあって、地域が限定されるほど格が上がる。つまり、「新潟のコシヒカリ」→「魚沼のコシヒカリ」→「魚沼の〇〇氏生産のコシヒカリ」という感じだ。で、その点からいうと、シュヴァリエ・モンラシェの生産地域は、白ワインとしてはほぼ文句なし。

味について私の貧困な語彙ではうまく説明できないのだが、直前に飲んだプイィ・フュイッセに比較して芯がはっきりしていて品格があった。

締めはリシュブール

締めは赤ワインで、コート・ドールの北側コート・ド・ニュイ地区のトップ、ヴォーヌ・ロマネ村で生産される<リシュブール Richebourg>だ。ヴォーヌ・ロマネ村ではブルゴーニュの赤ワインのさらにトップ、ロマネ・コンティが生産されているが、リシュブールは、そのロマネ・コンティの畑の北隣で生産されているワイン。しかもこのリシュブールはロマネ・コンティ醸造元が自分が所有している畑でとれたブドウで醸造したワインで、素性は文句なし。ロマネ・コンティを飲むことは私には到底望めないが、リシュブールはそのロマネ・コンティに限りなく近い味で、マルゴの謳い文句によれば「リッチでゴージャス、死ぬまでに飲みたい」とある。ということで、あこがれのワインをじっくり味わった。

死ぬのはもう少し先(笑)

さてリシュブールを飲んだので、本来であればいつ死んでもいいところだが、この日のリシュブールは、他のブルゴーニュ・ワインを飲んだ体験から言うとちょっと若い感じで、本来の良さがうまく出でいないのではと感じられた。死ぬのはもう少し先になりそうだ(笑)。

【マルゴグランデ】

https://marugo-s.com/g/