本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

映画『三つ数えろ』と小説『大いなる眠り』のはざ間

DVDで鑑賞したアメリカ映画『三つ数えろ(The Big Sleep)』(ハワード・ホークス監督)が、魅力ある作品ではあるものの、ミステリーとしてはその内容にあまりにも不明な点が多かったので、原作であるレイモンド・チャンドラーの探偵小説『大いなる眠り』を読み、そのうえでDVDを見直してみた。その結果分かったことがいくつかあるので簡単に記しておく。

ボガートとバコールが恋愛中に撮影した『三つ数えろ』

まず重要なのは、この映画は1946年に公開されているが、制作開始は44年10月で45年1月に一応完成しているということだ。ただ公開までに一部の場面を取り直して編集しており、この作品には1945年のオリジナル版と46年の正式版があるという。

それがなぜ重要かというと、探偵フィリップ・マーロウ役で主演のハンフリー・ボガートは依頼者の娘ヴィヴィアン役で共演しているローレン・バコールと結婚しているのだが、それは45年5月で、つまり『三つ数えろ』は、ボガートがバコールに惚れて結婚を考え、前夫人と離婚訴訟中に撮影されたことになるからだ。最初にDVDを観たとき、ボガートとバコールの親密さは新婚だからと私には思えたのだが、そうではなくて、この映画の二人は、不倫中の親密さだったことになる。

『大いなる眠り』の日本語訳書

次に、バコールが演じるヴィヴィアンは、原作と映画で人物設定が変わっている。変更の理由は分からないが、原作ではヴィヴィアンは三度結婚しており、三度目の夫リーガンが行方不明ということになっている。しかし映画ではヴィヴィアンはリーガンと結婚しておらず、このためラストでヴィヴィアンとマーロウの微妙な関係(恋愛感情)を示唆して終わるようになっている。

またリーガンの失踪はこの作品の柱の一つで、それがメインの事件であるヴィヴィアンの妹カルメンに対する脅迫事件とからんでいくのだが、原作と映画でリーガンの設定が違うため、映画ではなぜこの失踪がカルメン脅迫とからむのかが曖昧になっている。

ただ、そもそもリーガン失踪とカルメン脅迫をからめるという原作の設定そのものがかなり強引で、それがこの作品を分かりにくくしている。

そこで今度は原作成立の経緯を調べてみると、この作品は、『雨の中の殺人者』と『カーテン』というすでに書き上げた2作の短編小説を大きな骨格として書き上げられたというが、そのために物語が必要以上に複雑になっているのではないだろうか。

さて、この映画を最初に観て気になったプルーストに関するやり取りも原作で確認してみた。

まずは字幕で映画のシーンを再現してみる。

     ※    ※     ※

「おはよう」(マーロウ)

「プルーストのようにベッドで仕事かと」(ヴィヴィアン)

「誰ですって」(マーロウ)

「フランスの作家よ」(ヴィヴィアン)

     ※    ※     ※

この場面、原作では次のようになっている(双葉十三郎訳、創元推理文庫、68~9頁)。

     ※    ※     ※

「起きたばかりなの?」

彼女は、ちらばった家具をながめながら、鼻にしわをよせた。あせた赤い長椅子、中型安楽椅子が二つ、洗濯屋へ出したほうがいいレースカーテン、小さな図書テーブル。高級雑誌をのせてあるのは、応接間らしい感じを出すためだ。

「あなた、マルセル・プルーストみたいに、ベッドの中で仕事をなさるんじゃないの? そんな気がして来たわ」

「誰ですね。そのプルーストってのは?」

私は煙草を口にくわえ、彼女をみつめた。彼女はすこし青ざめて緊張しているようだった。が、緊張していてもやるだけのことはやれる娘らしくみえた。

「フランスの作家よ。変質者の目ききには一流だわ。あなたは知らないでしょう」

「ちぇっ。いざまずわが閨房へ」

彼女は立ちあがった。

「昨日は、失礼しちゃったわね。私すこし乱暴だったわ」

「おたがいさまですよ」

私はドアの鍵をあけ、彼女を私の私室に通した。

     ※    ※     ※

映画では、ここは単にマーロウが夜も寝ないでベッドの中で仕事をしているのではないかと、彼の仕事ぶりの比喩として(病身でベッドの中で執筆していた)プルーストを出してきたという感じがしたのだが、原作を読むと、それだけではなくて、この事件には変質者(村上春樹の新訳では「性的倒錯」)がからんでいるというヴィヴイアンの推測が加味されていることが分かる。

ただここでまた不可解な点があり、この変質者は殺された書店主ガイガーとその付き人ランドグレンを指しているのだが、ガイガーと無関係なヴィヴィアンがその事実を知っていて挨拶のやり取りにまじえてそれをマーロウにほのめかすという設定には飛躍があり過ぎるとおもう。この点は、そのやり取りを簡略にした映画のセリフの方に分がある。

映画と原作の違いをあげていくときりがなくなるが、あえてもう一点だけあげるとすると、ヴィヴィアンの人物設定とのからみで、映画では最後の謎解きが非常にあっさりしていて、それが、話がよく分からない原因の一つになっている。また作品のタイトル「大いなる眠り」という比喩も、映画では謎解きがあっさりしているために活きてこない。その意味では、映画の邦題を『大いなる眠り』ではなく『三つ数えろ』にした宣伝マンのセンスを評価すべきだろう。

ということで、映画は細部をつきつめていくとよく分からなくなってしまうのだが、それを力技で押し切った監督ハワード・ホークスの力量は認めなくてはならないだろう。

原作に戻ると、村上春樹は解説のなかで興味深いことをいくつか書いているので抜き出してみる。

「フィリップ・マーロウは状況を推理して行動するのではなく、まず状況に沿って身体を動かし、動かし終えたあとでいささかとってつけたように推理をする。だからその推理にはあまり身が入らないし、多くの場合、整合性と明瞭を欠くことになる。しかし繰り返すようだが、それこそがチャンドラーの小説世界なのだ。我々はまずフィリップ・マーロウの身の動きに目を引かれる。そして彼の動きを追っているうちに、その小説の律動に吞み込まれていって、やがて筋の整合性なんて(たぶん)とくにどうでもよくなってしまう。我々が必要としているのは、フィリップ・マーロウという人物の発揮する整合性なのだ。そしてチャンドラーの特徴的な、魅惑的な文体が小説の強靭な律動を作り出していく。「最初から筋のわかっている物語を書くくらい退屈なことはない」と彼は言っているが、その意見には僕もまったく同感だ。書きながら、手を動かしながらどんどん筋をこしらえていく――それが文章を書くことのいちばんのスリルなのだ」(ハヤカワ文庫、376~7頁)。

小説の律動についてのこの考えには、私も賛成だ。まあ、これと逆のタイプの典型が、この映画の脚本に参加しているウィリアム・フォークナーの小説だろう。フォークナーはおそらく、小説全体の細かな見取り図を最初につくって、それに肉付けしていくかたちで作品を仕上げていったのではないだろうか。フォークナーの小説に、私はあまり<律動>を感じない。

さて、この小説はたくさんのシャレた会話で満ちているが、ついでなので、そのなかでも特にシャレていると思った会話も抜き出しておこう。マーロウとヴィヴィアンのやり取りだ。

     ※     ※     ※

「骨の髄から人殺しというわけね、警官と同じだわ」

「むちゃ言うなよ」

「肉屋が殺した牛に同情するほどの気持ちもない冷酷無残な男なのね。はじめ会ったときからわかってたわ」

「だが君はもっと怪しげな連中を友だちにしているじゃないか」

「あの連中なんか。あなたにくらべりゃ甘いものよ」

「おほめをいただいてありがとう。君だってお茶うけのビスケットにゃ見えないぜ」(双葉訳、創元推理文庫、180頁)

 

「人を殺すように心ができているのよ。警官もみんな同じ」

「言うね」

「暗くて、どこまでも寡黙な男たち。肉屋が畜肉に対して抱く程度の感情しか持ち合わせない。あなたはそういう人間の一人なのよ。最初に会ったときからそれはわかった」

「その違いがわかるくらい、君はたくさんの怪しげな連中と交際してきたようだ」

「他の人たちなんて、あなたに比べたらやわなものよ」

「ありがたいお言葉だ。しかし君だってイングリッシュ・マフィンというわけじゃない」(村上訳、ハヤカワ文庫、235頁)

     ※     ※     ※

この箇所、正確さはともかく、個人的には双葉訳の<律動>に軍配をあげたい。

最後に、双葉訳と村上訳を比較して気になったことを一つだけ記しておく。それはこの作品の結びの文章だ。

     ※     ※     ※

「下町への道すがら、私は一軒のバーの前に車をとめ、ダブルにしたスコッチを二杯ひっかけた。が、なんの役にも立たなかった。ただ「銀鬘(シルヴァー・ウィグ)」を思い出させただけだった。その彼女にも、もう二度と会わないだろう。」(双葉訳、272頁)

 

「ダウンタウンに向かう途中、バーに寄ってスコッチをダブルで二杯飲んだ。酒は助けにはならなかった。それはシルバー・ウィグのことを私に思い出させただけだった。そのあと彼女には一度も会っていない。」(村上訳、364頁)

     ※     ※     ※

面倒なので原文にはあたっていないが、この小説は推測で終わっているのだろうか、断定で終わっているのだろうか?

坂出と姫路をまわる旅⑩――締めは姫路城見物

好古園の庭園を眺めながらお昼を食べて、午後2時過ぎ、いよいよ念願の姫路城見物だ。

桜門橋を渡っていよいよ姫路城

好古園から内堀にそって東進し、桜門橋を渡れば、姫路城の大手門。

三の丸広場から眺めた姫路城

往時、大手門の内側には、御殿や屋敷が立ち並んでいたというが、それらはすべて取り壊され、今は芝生が敷き詰められたがらんとした広場になっている。三の丸広場から眺めた姫路城は、どっしりとした構えで雄大かつ優美。

菱の門からいよいよ城内へ

広場を横切り、菱の門(櫓門)からいよいよ城内へ。

天守めざして通称「将軍坂」を登る

菱の門をくぐっても、途中に坂や門がたくさんあって、なかなか天守閣には到達しない。これも、天守閣を守るための工夫という。

坂から見上げた天守閣

坂の途中から見上げる天守閣も絵になる。

東曲輪

こちらは東曲輪(くるわ)。正面は太鼓櫓。

三国堀の前で記念撮影

城内を一回りして菱の門まで戻り、三国堀の前で記念撮影。今みると、一日中歩き回っていたせいか、やや疲れた表情をしている。

さあ、あとは帰るのみ

姫路駅から新幹線に乗り、あとは東京に戻るのみ。午後7時半過ぎに新横浜駅に着いた。強風による瀬戸大橋線の運休という思いがけないできごとはあったが、無事に姫路に立寄ることができ、充実した楽しい旅だった。

坂出と姫路をまわる旅⑨――好古園の様式美あふれる庭を散策

円教寺拝観後姫路市内に戻り、朝の予定にはなかったが、姫路城に隣接する好古園という日本庭園を見物することにした。

姫路城に隣接する日本庭園「好古園」

この庭は、姫路城西御屋敷跡に平成4年に開園した近代の庭園だが、九つの区画がそれぞれ趣の異なる日本庭園になっており、様式美あふれる景観を楽しむことができる。

樹々の緑と泉水の組み合わせが素晴らしい「お屋敷の庭」

好古園のメインとなる「お屋敷の庭」。広い池と樹々の緑に癒される。

樹々の隙間から姫路城が見える

巧みに配置された池と石橋。樹々の隙間から姫路城が見える。

苗の庭

こちらは「苗の庭」。<趣>とは無縁の世界だが、姫路近郊で自生しているさまざまの植物が栽培されており、個人的にはとても興味深かった。

ウマノスズクサとジャコウアゲハ

ウマノスズクサとそれを幼虫の餌とするジャコウアゲハ。ジャコウアゲハは姫路市の蝶で、ここでは双方を自然に近い状態で観察できる。

「流れの平庭」

好古園の南側には、趣の異なる六つの庭がならんでいる。こちらは「流れの平庭」。

こじんまりとしているが風情がある

こじんまりとしているが、風情があって素敵な庭だった。

落葉樹の木漏れ日が美しい「夏木の庭」

たくさんの落葉樹を配し、木漏れ日が美しい「夏木の庭」。

庭園に隣接した活水軒で昼食

ぐるりと庭を見物したあと、御屋敷の庭に隣接した活水軒で遅めの昼食をとることにした。

陶板ステーキで元気回復

純和風のメニューがすでに売り切れだったので、陶板ステーキを注文した。ステーキで元気回復。

https://www.himeji-machishin.jp/ryokka/kokoen/

坂出と姫路をまわる旅⑧――深閑とした書写山円教寺を拝観

5月2日は丸一日を姫路観光にあてることにした。ホテルでさっと行動計画を練り、午前中は書写山円教寺(書寫山圓教寺)に登り、午後に姫路城を訪問することにした。これは、山の上の古い寺院は人が少ない午前中に行った方が静かな雰囲気のなかで拝観できるのではないかという考えから。

姫路駅前からバスで円教寺に向けて出発

9時過ぎに姫路駅前からバスに乗って、円教寺観光に出発。

円教寺は性空上人(910年~1007年)が永延元年(987年)に開いた天台宗の古い大寺院で<西の比叡山>と呼ばれている。伽藍はなんどか戦火にあっているが、深閑とした森のなかに昔からの荘厳な姿を残していた。

バスからロープウェイに乗り換え

約30分でバスは円教寺のふもとにつき、そこから今度はロープウェイに乗り換え。

摩尼殿を目指して森のなかの参道を登った

ロープウェイの終点から最初の大きな建物・摩尼殿までは徒歩で25分ほどの距離。歩くのが大変という人のためにマイクロバスも出でいるが、それではご利益が少なそうなので、徒歩で摩尼殿を目指すことにした。参道は道が整っていて、緑も心地よかった。なかなか本殿にたどり着けないので、期待が高まる。

ようやく仁王門が見えてきた

歩くことしばし、ようやく仁王門(山門)が見えてきた。江戸時代の初期の建物だ。

壮大な摩仁殿が忽然と姿をあらわした

仁王門からまた少し登り、やっと円教寺の摩仁殿にたどり着いた。この建物は開祖・性空上人が霊感を得た如意輪観音を祀る大きな堂で、崖の上に建てられている。またこの崖は参道と角度が違うため、摩仁殿は目の前に忽然と巨大な姿をあらわし、その荘厳さに圧倒された。

まずは如意輪観音にお参り

まずは如意輪観音にお参り。

摩仁殿から眺めた下の茶屋

摩仁殿から眺めた下の茶屋。なんともスケール雄大だ。

摩尼殿横の廻廊から三之堂を目指す

さて、摩尼殿は円教寺拝観の始まりに過ぎない。その奥にさらに荘厳な三之堂があるというので、摩尼殿横の廻廊をとおって三之堂を目指した。

壮大な三之堂

こちらが三之堂。いや~、壮大で圧倒された。右から大講堂、食堂(じきどう)、常行堂。大講堂は円教寺の本堂にあたり、釈迦三尊像が安置されている。食堂は、僧侶の学問・寝食の場。堂の規模から盛時の僧侶の多さがしのばれる。常行堂は、阿弥陀如来のまわりを回る常行三昧の修行のための道場。円教寺は何度か戦火にあっており、これら三之堂は、いずれも室町時代に建て替えられたもの。それでも中世の古い姿がそのまま残っているので、映画やテレビドラマの舞台としても使われているという。国指定重要文化財になっている。

中央の食堂はともかく横に長い

三之堂の中央にある食堂。ともかく横に長く、カメラにおさまらない。

食堂の二階は寺宝の展示コーナー

食堂にあがってみた。二階が寺宝の展示コーナーになっている。また食堂一階は写経のコーナーだったので、下手な字ながら私も般若心経を写経した。写経は初体験だ。

山道を通って三之堂から奥の院の開山堂を目指す

さて、三之堂のさらに奥が開祖・性空上人をまつる開山堂。せっかくの機会なので、開山堂がある奥の院までもう少し登ってみることにした。

奥の院の開山堂

こちらが奥の院の開山堂。江戸時代初期に再建された建物。軒下には左甚五郎作の力士像があるということだが、このときは気がつかなかった。また、同じく気がつかなかったといえば、開山堂の近くには和泉式部の歌碑があるということだが、奥の院まで登ったということで頭がぼおっとして、歌碑の存在まで気がまわらなかった。いずれにしても円教寺を奥の院まで探訪したので満足し、もと来た道を引き返した。深い森に包まれた壮大な堂を次々に観ることができて、円教寺拝観は得難い体験だった。

土産に買ったバウムクーヘン「書写千年杉」

さて姫路市内に戻ってから、円教寺参りの記念に、書写山の杉の木の年輪をイメージしたバウムクーヘン「書写千年杉」を買い求め、土産に持ち帰った。

http://www.shosha.or.jp/

坂出と姫路をまわる旅⑦――日本料理店「未十」で和食を堪能

1日の夜は、姫路在住の友人Iさんとホテルで待ち合わせをして、魚町の日本料理店「未十」に行った。

姫路魚町の日本料理店「未十」

Iさんとはもう20年以上の付き合いになるが、会ったのはこれがようやく2度目。もともと私がPC通信を始めたころに読書関係のサイトで会話をしたのがきっかけで親しくさせてもらったのだが、住まいが離れており、これまでなかなかお会いする機会がなかった。今回は姫路に行くことを決めたので、なんとしても会いたいと連絡をとり、この日の会食が実現した。言わばミニオフ会だ。日本中世思想、文学、アートと関心領域が近いので、話をしていて、これがようやく二度目という気がしなかった。

未十のカウンター席

「未十」はカウンターと個室だけのこじんまりとした店で、入るとすぐにカウンター席に案内された。この日選んだのはおまかせコースだったが、すべての料理のこだわりポイントをシェフが丁寧に説明してくれた。ただIさんとの話に夢中だったうえにいろいろな料理がでてきたので、写真はたくさん撮ったのだが、残念ながら料理の詳細はほとんど覚えていない(笑)。申し訳ないが画像で未十のコースをお楽しみいただきたい。

口開けはアスパラ

ということで、ともかく最初に出てきたのは季節の野菜ということでアスパラだった。

次は汁物

次は汁物。

飲み物は、ワインも日本酒もあったのだが、せっかくの機会なので日本酒のおまかせコースにした。日本酒もいろいろあるということだったが、この日はわれわれに気をつかって地元・姫路の酒を出してくれた。

姫路の酒「雪彦山」

最初に出たこの酒は、<雪彦山(せっぴこさん)>で、名前は姫路近郊の山に由来している。どこかで聞いたことがある名前だと思ったのだが、よく考えたら、雪彦山には<セッピコテンナンショウ Arisaema seppikoense>という独自の天南星が自生しており、そちらで聞き覚えのある名前だった。ただしこの天南星は自生地がほんとうに狭く、絶滅危惧種で流通していないので、私は栽培していないし、現物を見たこともない。

汁物の次の料理

この料理はなんだったか思い出せない(笑)。

シェフが一品一品の料理のポイントを丁寧に説明してくれた

献立は季節ごとにかえているそうで、この日は新しい献立にした最初の日ということだった。また11席のカウンターは、次々にやってくる予約客ですぐに満席になった。

山形牛

こちらは山形牛。

たぶん肉料理

たぶん、直前に見せていただいた肉を使った料理だと思うのだが…。

蕪かな? 新玉葱かな?

これは蕪だったか、新玉葱だったか…。

稚鮎?

稚鮎?

2種類目の酒

2種類目のお酒。その名はズバリ「白鷺の城」。

こちらも肉料理?

この料理もお肉に見えるが記憶にない。

こちらがデザート

ようやくデザートにたどり着いた。一品一品の料理は少量だったが、品数が多いのでお腹がいっぱいになった。

いずれにしても、よく食べ、よく飲み、よく話した。

吟味した新鮮な素材を使った料理が次々に出てきて、素晴らしい店だった。

https://www.instagram.com/mijuu0521

坂出と姫路をまわる旅⑥――姫路市内を散策

さて、サンミケーレで食事をしながらこの日の午後の行動予定をいろいろ考えたが、いいアイデアが浮かばない。

ともかく姫路市内を散策

時間はたくさんあるので、ともかく姫路市内をあちこち散策することにした。

姫路市内でも大きな植木が倒れていた

この日は風が強いということで瀬戸大橋線が午後運休になったのだが、街のなかを見ると、姫路でも大きな植木が倒れている。

みゆき通りをぶらぶら

駅前から姫路城方向にみゆき通りというにぎやかな商店街が伸びていたので、吸いこまれるようにまずこの通りに向かった。戦後、すぐ横のメインストリート大手前通りが出来る前は、このみゆき通りが姫路一の繁華街だったという。

https://himeji-miyuki.com/

エスニック雑貨マライカの店内

みゆき通りにマライカというエスニック雑貨の店があったので、そこに入り、何点かの商品を買い込んだ。あとで調べてみたら、なんのことはない。このお店は渋谷や川崎にもあるという(笑)。

https://www.malaika.co.jp/shop-himeji/

夜食事をする魚町の未十の場所を確認

みゆき通りの途中から方向を転じ、大手前通りを横切って魚町通りに入った。この通りは夜は歓楽街になるということだが、昼に通るとどこの街にもありそうな普通の通りだった。魚町通りでは、なかほどにある「未十」という店を夜の会食用に予約しておいたので、ともかく店の場所を確認。

古い店が多く静かな西二階通り

魚町通りを端まで歩いてからまた方向を転じて、今度はこの通りと並行している西二階町という通りを散策した。この西二階町通りは大手前通りをはさんで反対側の二階町通りとともに、京・大阪と山陽・九州を結ぶ昔の西国街道にあたる。姫路城からはすこし離れているが、城のまわりは元々武家屋敷が取り囲んでいたので、武家屋敷が途切れたところが町人の街で、そこを街道が通っていたのだろう。古い店が多く、魚町通りと道が一本違うだけだが全然雰囲気が違う静かな通りだった。

伏見堂という骨董屋に立寄った

この通りに伏見堂という骨董屋があったので、ふらっと立ち寄り、姫路に来た記念になるようないい商品がないか、のぞいてみた。表の特価品コーナーに手ごろな皿や小鉢があったので、古い城下町のよい思い出と、4客買い求めて家に連れ帰った。

http://www.fusimido.com/Hindex1.htm

伏見堂で購入した小鉢と小皿

家に戻ってから買い求めた小皿や小鉢をよく見ると、右側の赤絵の皿は、上と下で周囲の模様と真ん中の模様の位置関係がずれているし、だいいち周囲の模様も赤と緑の配色が左右逆になっているのだが、それもまた「味」というものだろうか。どんな人が使っていたんだろう?

坂出と姫路をまわる旅⑤ーーモントレでイタリアン・ランチ

本来の予定では、5月1日は坂出でのんびりして、夕方姫路に移動する予定だったので、姫路に早くついてもすることが思い浮かばない。ともかく予約していたホテルモントレ姫路にチェックインすることにした。姫路のモントレはJR姫路駅に直結していて、移動がとても楽だった。

ホテルモントレ姫路にチェックイン

モントレは私の好きなホテルで、これまで、仙台、赤坂、京都、梅田の各モントレに宿泊している。料金は安くはないがそれほど高くもなく、私からするとほどよい感じ。外観や内装は、各都市の一つ一つのホテルがそれぞれヨーロッパの都市をイメージしたシックなデザインになっており、金ピカでもモダンでもないところが落ち着ける。

フロント前は画廊のような雰囲気


姫路のモントレも、入ったとたん「あ、モントレだ」という落ち着いた雰囲気で、初めて泊まるという気がしなかった。姫路のモントレが意識しているのはベルギーの都市ということで、フロントに行く通路にずらりと絵画が飾ってあるのも私好みだった(飾られている絵画を1点ずつ観る余裕はなかったが…)。

ホテル内は落ち着いた色調

フロントはビルの3階。煉瓦のような壁材や全体の色調も、何かを強調するのではなくシックでさりげない感じだった。

ロビーとフロント

こちらがロビーで奥がフロント。残念ながら、ロビーはやや手狭。

こちらが客室

こちらは客室。ダブル・ルームをシングルで使うので広さは充分。

モントレ内のイタリアン・レストラン、サンミケーレ

さて部屋に入って荷物を置き、昼食の場所と午後の行動について考えたもののいいアイデアが少しも浮かばない。しかたがないので、とりあえずモントレ内のイタリアン・レストラン<サンミケーレ>に行って食事をとることにした。旅行するとき、私はだいたいホテルの外で食事をするので、モントレのレストランを利用するのはこれが初めて。ランチタイムだが、サンミケーレは落ち着いた雰囲気だった。

ピエモンテ・コースの前菜

注文したのはピエモンテ・コースで、まずは前菜盛り合わせが出てきた。

パスタとイタリアのビール

続いてはシラスとジャガイモをジェノヴェーゼ・ソースであえたパスタ。あっさりとして美味しかった。飲み物は、珍しいのでイタリアのプレミアム・ビール<ペローニ>を注文した。

メインは鮮魚

メインは鮮魚の料理。皮はパリパリで良い焼き加減。量もちょうど良かった。

ドルチェのワゴン・サービス

料理が済むと、ドルチェのワゴン・サービス。

4種類のドルチェを取りわけてもらった

4種のドルチェ盛り合わせとエスプレッソ・コーヒーをお願いした。ちなみにドルチェは5種類あったが、あとの1種は私が苦手なチョコレートのムースだったので見送った。

ゆったりした空間での美味しいランチに大満足

予想外の展開になったが、落ち着いた広い空間でのんびりと美味しい料理を食べて、良い午後になった。

https://www.hotelmonterey.co.jp/himeji/

https://www.hotelmonterey.co.jp/himeji/restaurant/