先日尾道旅行をして以来気になっていた林芙美子(1903<明治36>年~1951<昭和26>年)の自伝『放浪記』(新潮文庫)を読んだ。独特のリズムがある文体で、19歳で東京に出てから数年間の行動を赤裸々に綴った作品だ。これまで林芙美子には関心がなく、その生涯についてもほとんど知らなかったので、こんなに苦労した人なのだと、正直驚いた。

さて大正11年に19歳で尾道時代の恋人を追って東京に出た林芙美子は、詩人・童話作家を目指すが、名もない女性の詩や文章は金にならず、今でいうフリーターとしてさまざまなアルバイトを転々とする。そのアルバイトはほとんど長続きせず、食べるに困ることもしばしば。その間、さまざまな男性とつきあい同棲したりするが、それもうまくいかない。そんな八方ふさがりの日々だが、文筆で生きるという意志は固く、そのためアルバイトのわずかな合間にいろいろな本を読み続け、作家になるという夢を捨てない。そうしたなかでつづった日記をもとにしてまとめられたのが、この『放浪記』だ。
『放浪記』の原形は、昭和3年から翌年にかけて雑誌に連載され、昭和五年に『放浪記』と『続放浪記』として出版された。それが新潮文庫に収載されている『放浪記』の第一部と第二部だ。この第一部と第二部は日記から抜き出した記録をランダムにまとめているため、もともと年代順ではないのだが、第一部で掲載しなかった記事を拾い集めて第二部として発表したため、微妙に重複していると思われる内容がある。また林芙美子は東京から尾道や四国に行ったり、また東京に戻ったりを繰り返しているのだが、作品を読んでいてもその前後関係がさっぱり分からず、かなり戸惑った。このためはじめは非常にとっつきにくい作品だったが、途中から年代を考えながら読むことをやめると、作家を目指す女性の内面を描いた告白としてとてもおもしろく読めた。
なお林芙美子の日記には、皇族のあり方を批判しているため昭和初期には発表がはばかられた部分があり、それらが再度日記から抜き出されて昭和22年に発表された。その戦後に発表された部分が新潮文庫版の第三部だ。この記述も、年代的には第一部、第二部と重なっている。
『放浪記』の成立事情をいろいろ書いたのは、それが作品の冒頭に書かれていれば、もっと読みやすく、作品にすっと入れたのではないかと思われるからだ。
『放浪記』を読んだので、また尾道に行ってみたくなった(作品のなかに尾道の描写はほとんどないが)。