本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

ボールドウィン『ジョヴァンニの部屋』を読む

アメリカの黒人作家ジェイムズ・ボールドウィン(1924年~87年)の2作目の長編小説『ジョヴァンニの部屋』(1956年、大橋吉之輔訳、白水社)を読んだ、パリを舞台にした恋愛小説だ。ただし恋愛といっても男女関係よりも男同士の同性愛が主要なテーマ。

主人公はデイヴィッドという白人青年。家が資産家で特に目的もなくパリで生活している。彼にはパリで知り合ったヘラという恋人がおり、結婚を申し込んでいるのだが、彼女はすこし考えてみると一人でスペインに旅立った。主要な話は、ヘラの不在中に展開する。

デイヴィッドは当座の生活費を借りるために訪問した友人と一緒に、ゲイが集まるバーにでかけ、そこでボーイのジョヴァンニと意気投合し、そのまま「ジョヴァンニの部屋」で一緒に暮らすようになる。実はデイヴィッドは10代に同年代のジョーイという若者と一回だけの性的関係を結んだことがあるのだが、ジョヴァンニと出会うまで、そのことは自分の中に封じ込めていた。ジョヴァンニと同棲していても、彼は、自分がゲイであるとすんなり認めることができない。このため、ヘラがスペインから戻ってくるとジョヴァンニを捨ててまたヘラと一緒になる。

デイヴィッドに捨てられて生活に困窮したジョヴァンニが事件を起こすと、デイヴィッドは自責の念にかられ、ヘラとの関係がうまくいかなくなる。ヘラはデイヴィッドをあきらめ一人でアメリカに帰国する。

実は作家のボールドウィンはゲイであり、若い頃にパリで生活しているので、この小説はある程度までボールドウィンの体験を反映していると考えられるが、作品のなかに黒人は登場しない。黒人だから黒人の世界だけを描かなくてはならないといった規定にはしばられないというのがボールドウィンの基本的スタンス。したがってゲイがゲイの世界観に縛られる必要もないのだが、それにしてもこの作品のなかで主人公デイヴィッドの性格描写はあまりにも中途半端。ジョヴァンニをほんとうに愛していたのか(そして、そもそもジョヴァンニとの同棲を望んでいたのか)はよく分からず、このため彼の行動にも後悔にもあまり共感できない。

意欲的な作品であり、また発表当時はかなりセンセーショナルな題材だったとはおもうが、その意欲が成功しているとは言い難いのではないかというのが正直な感想だ。

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作者の意欲が空回り?した『ジョヴァンニの部屋』