本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

マードックの『鐘』に感銘を受ける

マードックの小説『鐘』(1958年、日本語訳・丸谷才一集英社文庫、1977年)を読んだ。

著者のアイリス・マードック(1919年~99年)は、20世紀を代表するイギリスの女性小説家、哲学者。先日読んだ『実存主義者のカフェにて』(サラ・ベイクウェル、2016年、日本語訳・向井和美、紀伊國屋書店、2024年)のなかに何度か名前が出てきて、この本の著者ベイクウェルが影響を受けていることを明言していたので、マードックの代表作とされる『鐘』を読んでみたのだ。

奥行きがあって印象深いマードックの『鐘』

『鐘』の主要舞台は、ウェールズに近いイングランド南西部グロスタシャー州の小さな町にある信仰会インバー・コート。この信仰会はベネディクト会の尼僧修道院に隣接しており、英国国教会への信仰が深い在俗の平信徒が、俗世間から離れて農場を営みながら共同生活を行っている。また広い建物や庭園の一画に、来訪者を受けいれている。インバー・コートの所有者でリーダーは39歳のマイクル。深い信仰心を抱いており、ケンブリッジを卒業して聖職者になることを考えていたが、挫折して信仰会を開いた。また彼は同性愛者であり(一般社会での挫折はそれと関連している)、同性愛と信仰を両立させることに悩んでいる。というのも、同性愛も信仰も観念的なものではなく、彼の実存の根底からくる深いものだからだ。そして彼の同性愛は、平穏な信仰会の運営に陰を落としていく。

物語の外枠は、ドーラという非常に俗っぽくまた肉感的な女性と、ポールという知的だが恋愛に疎いその夫の結婚生活の破綻という形式をとる。これに、信仰会に短期滞在に来た若者トビー、ニックとキャサリンという双子の兄妹などの人物、そして信仰会の建物に隣接した湖に沈んでいる伝説的な古い鐘のエピソードなどがからむ。

物語を読みながら、複雑な人間関係がどのように展開していくのか、とてもわくわくした。ここではストーリー展開については語らないが、非常によくできたストーリーだとおもう。

また個々の登場人物たちもとてもうまく描かれている。そしてそれは、人物の内面をすべて描き切るのではなく、ある部分は描かずに、読者の想像にゆだねるという手法をとっている。マイクルを例にとれば、彼の同性愛と信仰が、物語が終わってからどうなっていくのか、マードック自身は安易な判断をくださない。このため、物語にとても奥行きがあるように感じられる。

非常に優れた作品だとおもった。

 

【関連項目】

20世紀の思想界を分かりやすく解き明かした『実存主義者のカフェにて』