本と植物と日常

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ケルアック『オン・ザ・ロード(路上)』を読む

アメリカで第二次世界大戦後に登場したビート・ジェネレーション文学の代表作の一つとされる『オン・ザ・ロード』(青山南訳、河出文庫)を読んだ。著者はジャック・ケルアック(1922年~69年)、アメリカでの出版は1957年。この作品、最初は『路上』という邦題で翻訳・紹介されているので、かつてそちらで読んだという方も多いかもしれない。

作品は、ケルアック自身の分身である主人公サル・パラダイスが同じ世代の破天荒な友人たちと交流しながら、アメリカを縦横に移動する道中記。起承転結といった構造はなく、時間軸にそって話が展開していくだけだ。このため最初、しまいまで読み切れるかどうか不安だったが、登場人物たちの予断を許さない行動がおもしろく、一気にさっと読み終えることができた。

作品の魅力は、なんといってもディーン・モリアーティという滅茶苦茶な人物の存在によるところが大きい。このモリアーティは実在のニール・キャサディ(1926年~68年)という人物をモデルにしているといい、作品は次のようにディーンの紹介からはじまる。

「ディーンに初めて会ったのは、妻と別れてまもない頃だった。(中略)やつの存在を教えてくれたのはチャド・キングで、ニューメキシコの少年院からとどいた手紙を何通か見せてくれたのだ。ニーチェについてぜんぶ、それとおまえの知っているすごい知識をぜんぶ教えろ、とチャドに頼んでいるナイーブでかわいらしい文面に、だんぜん興味をそそられた。」(邦訳9頁~10頁)

「少年院」と「ニーチェ」というそう簡単には結びつかない2つのキーワードから、ともかく強烈な個性を想像させられる。知識欲はあるが知識人ではなく、むしろ知識や世間の常識をこなごなにしてしまうところが、モリアーティの魅力だ。

このためサルは、ディーンと付き合うと面倒なことになるとおばに警告されるが、復員軍人対象の給付金を入手すると、そのわずかの金でサンフランシスコに向けて、いきあたりばったりのヒッチハイクの旅に出る。1947年のことなので、サルは25歳、ディーンはまだ21歳だ。

オン・ザ・ロード』のすばらしいところは、ともかく文章の勢いと強い表現意欲だろう。ただそれだけであれば、同じような作品がまだたくさんあるとおもうが、勢いや意欲をそれだけでおわらせないところが、ケルアックの才能というべきだろう。文章の勢いをそがないために、タイプ用紙を何枚もつなげて一気にタイプしたという伝説的なエピソードもある。

それと、この作品はやはり、アメリカという広い国を前提としてはじめて成立する作品で、日本やヨーロッパとの精神風土の違いが自然に浮かび上がってくる。破天荒なさまざまな人物を受け容れるだけの包容力が、少なくとも第二次大戦直後のアメリカにはあったということだ。

ちなみに、「ビート・ジェネレーション」という言葉は、ケルアック以降さまざまな新人類を指して使われるようになったが、ケルアックが使っている元々の意味は「くたびれた世代」とのこと。第二次世界大戦後の世相を反映した名称だ。

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ビート・ジェネレーション文学の代表作『オン・ザ・ロード