本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

虚辞のneの見落としに気づく

現在私が自分の翻訳を見直している作品は全16章で構成されており、今見直しているのはその第13章目。教育について論じている章だ。教育の問題について、たとえば同じ時代にルソーが『エミール』(1762年刊)を書いているが、ルソーの考えは学校での公教育を否定し、生徒の個性に合わせた個別の教育を良しとするもの。『エミール』全体がそのプログラムになっている。私が翻訳している本の著者の考えはこれとは逆で、公教育を良しとするものなのだが、自分の翻訳を読みなおしているうちに、わけのわからない箇所がでてきた。

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こちらが元のテクスト。ただしこのテクストには活字化の際の間違いがある 

「家庭での教育が、われわれが普通、公教育と呼んでいるものよりも好ましくありえないということに、私は賛成です。私にはそのことが分かります。そして、現在われわれが滞在している城館では、それをすこしも疑うことができないでしょう。一般的な伝染に抵抗し、名誉が土地のように取り換えられたように見える幾つかの家族もまた存在します。」

 

全体がどうもすっきりしない。そこでもう一度原文にあたると、次のようになっている。

 

Je ne nie pas que l’éducation domestique ne puisse être préférable à ce que nous appelons communément une éducation publique. Je le sais, et ce n’est point dans le château où nous nous trouvons actuellement qu’on en pourrait douter ; il y a encore des familles qui ont résisté à la contagion générale , et où l’honneur semble substitué comme les terres.

 

これ自体うねるような文章で、どうも意味がとりづらい。そういうときに私は同じ作品のイタリア語訳にあたることにしているので、イタリア語訳も調べてみた。

 

Non nego che l’educazione privata possa essere preferibile a qual che chiamiamo comunemente un ‘educazione pubblica. Lo so, e non è nel castello in cui ci troviamo ora che potremmo dubitarne ; vi sono ancòra famiglie che hanno resistito al contagio generale e in cui l’onore sembra si erediti come i terreni.

 

フランス語とイタリア語は文法や語彙がよく似ているので、私からすると、イタリア語訳は翻訳というより単語の置き換えに近い。ただそれによってイタリア語訳が逐語的に言葉を置き換えていない箇所が分かるので、それが日本語訳の参考になる。

この場合でいうと、フランス語の「ne puisse être préférable」を「possa essere preferibile」としている箇所がそれで、なんのことはない、元の文章のneは、文法上<虚辞のne>と呼ばれるもので、pasと組み合わせて用いられる通常のneのような否定の意味をもっていない。したがってイタリア語訳は、このneの置き換えを省略している。最初あわてて訳したために初歩的な<虚辞のne>を見落として、単純な否定の文章ととらえたので、わけが分からないことになっていたのだ。これは単純な誤訳。

この文章、実は最後の「l’honneur semble substitué comme les terres」という箇所もどういうことを指すのか意味がよく分からないのだが、ここはイタリア語訳も原文を尊重しているので、私も、意味が分からないなりに逐語的に訳すことにした。できあがった新訳は次のようなもの。

 

「家庭での教育が、われわれが普通、公教育と呼んでいるものよりも好ましくありうるということを、私は否定致しません。私はそのことを知っております。それに、現在われわれが滞在している城館では、そのことをすこしも疑えないでしょう。一般的な伝染に抵抗し、土地と同じように、名誉が取り換えられたようにおもわれる家族もまた、何家か存在します。」

 

前よりも少しはよくなったように感じていただけるだろうか。