アンドレ・モルレ(1727年~1818年)の回想録『18世紀とフランス革命の回想』(鈴木峯子訳、国書刊行会、1997年)を読んだ。モルレは、日本ではほとんど知られていない(そしておそらくフランスでも)18世紀の思想家、文筆家、翻訳者。リヨンの貧しい商人の家に生まれ、イエズス会で教育を受け僧籍に入ったのでアベ・モルレ(モルレ師)とも呼ばれる。この回想録は、国書刊行会の<18世紀叢書>というシリーズにデピネ夫人(1726年~83年)の『反告白』と一緒に収載されているのだが、今回私が読んだのはモルレの『回想録』のみ。なおこの翻訳は、主要な部分のみを訳出した抄訳。
モルレの主な業績としては、『百科全書』への寄稿、ベッカリーア(1738年~94年)『犯罪と刑罰』の翻訳、ナポレオン時代に書いたこの『回想録』などがある。アダム・スミス(1723年~90年)『国富論』の翻訳も企画したが、それは実現しなかった。
また筆禍により1760年に約2カ月バスチーユに収監されたこともある。これは、百科全書派に反感をもつパリッソ(1730年~1814年)が同年に書いた喜劇『フィロゾフ連(哲学者たち)』に憤慨して匿名で書いたパンフレット『喜劇「フィロゾフ連」への序文』がパリッソ側の怒りを呼び、モルレが書いたことがすぐに発覚しての逮捕だった。しかしこの収監は逆に、論争家としての彼の評判を高めることとなった。
当時のバスチーユ内での囚人の待遇はどのようなものであったのか、以下に『回想録』からその部分を少し抜き出してみよう。
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まず、サルティーヌ氏[警視総監]の尋問を受けた翌日、マルゼルブ氏から本の差し入れがあった。それに、囚人たちの娯楽のためにバスチーユに備えられていた小説集は自由に読めたし、紙とインクももらえた。(中略)一日に、かなりおいしいワインを1本と、じつにおいしいパン500グラムをもらっていた。昼食にはスープと牛肉にアントレとデザート、夜はローストとサラダ。ただ、最初の六週間は厳重に閉じ込められ、部屋から一歩も出られなかったが。(中略)釈放されたのはとりわけリュクサンブール夫人のおかげだった、ということをもう一度言わなければ恩知らずであろう。夫人に熱心に懇願してむくれたのはマルゼルブ氏とダランベールとJ=J・ルソーであった。(本書156~8頁)
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1785年には、長期間の文筆活動が認められてアカデミー・フランセーズ会員に選ばれており、革命によるアカデミーの解散にも立ち会った。
さてモルレの回想は、18世紀なかばからフランス革命期の長い期間にわたっているが、革命に関しては、それによって自分の財産を失い困窮したことからかなり手厳しい見方をしている。興味深いのはやはり、革命前の回想だ。
それを価値あるものにしているのは、モルレが18世紀を代表するいろいろな思想家と交流があったからで、まず神学校時代に、同年生まれで後に財務総監になるテュルゴ(1727年~81年)と知り合い、テュルゴとの交友は彼が亡くなるまで続く。『百科全書』に寄稿したことから、ディドロ(1713年~84年)、ダランベール(1717年~83年)ら百科全書派の主要人物とも親しい。また、唯物論者として知られるエルヴェシウス(1715年~71年)やドルバック(1723~89年)ともかなり深く交流していた。
ということで、18世紀に活動したさまざまな人物の言動やそうした人物たちの人間模様を詳しく知ることができるちょっと類のないおもしろい本だった。