本と植物と日常

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『開国と幕末の動乱』を読む

『開国と幕末の動乱』(「日本の時代史」20、井上勲編、2004年、吉川弘文館)に不満が多かったので、他の歴史家は同じ時代をどのように論じているのかと『開国と幕末変革』(「日本の歴史」18、井上勝生、2002年、講談社)を読んでみた。対象としている時代は19世紀の初め頃から明治維新までで、『開国と幕末の動乱』よりも幅広い。

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考えさせられる記述が多かった『開国と幕末の動乱』

本書を貫いているのは、1911年(明治44年)から1941年(昭和16年)にかけて文部省が編纂し、幕末の政治史について論じる際に欠かすことができない基本的な文献である『維新史』に対する強い批判。まず、「この編纂は戦前の国家的事業として行われ、史料の博捜や叙述には、今日でも乗り越えるのが困難なほど精度の高い部分もある。しかし、叙述にあたり元老(政治家)の朱筆が全体に入れられたことが、当時の編纂官であった研究者たちによって証言されている」(同書229頁~230頁)としたうえで、「『維新史』は、朝廷の天皇と貴族たちが修好通商条約案承認を拒否したのは、条約に反対する大名たちと志士たちの入説(言上)によるものと描いている。幕末日本の世論は条約拒否で沸騰しており、軟弱、卑屈な幕府に対して、日本の世論をうけた天皇・朝廷が条約拒否を貫いたという、よく知られた「物語」である」(同書230頁)と、こうした描き方が作為的なものであることを指摘し、『維新史』以外の史料や視点から歴史叙述を見直すことの重要性を強調する。

このため井上は、まず18世紀後半以降の蝦夷地の状況から本書の記述を始め、読者に視点の転換を促す。井上によれば18世紀後半から幕末への日本を根底から動かしたものは経済の上昇とロシアの動向であり、二つとも蝦夷地とかかわる。

続いて、民衆運動の実像、天保の改革を論じたのち、いよいよペリー来航以降の政治状況を説明する。その際に井上が重視するのは明治以降の政治家の視点が含まれていないアメリカ側の史料や江戸時代に書かれた一次史料で、たとえばペリーと対応した林復斎は、「「人命」を大上段に振りかざしたペリーの手法を、たくみに逆用し、「利益の論」と反撃した」(同書192頁)と、その手腕を評価する。また徳川慶喜については、「外国公使を様式で謁見した慶喜はきわめて闊達であり、百戦錬磨のサー・パークスをも圧倒してしまった。「近代転換期の日本社会が、極めて強大な威力によって外から脅かされており」、「内外の危機が相乗的に亢進し」、「つよい不安と恐怖」が社会を支配していた、という、「内憂外患」の体制的危機による「不安と恐怖」論は、わたしには、背伸びした「万国対峙」を国是に突進していた、その後の近代日本エリートたちがつくり出し広めた、一面的にすぎるイメージだと思えてならない」(同書353頁)として、政治史の叙述を締めくくる。

考えさせられるところが多い、刺激的な歴史記述だった。