本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

おもしろくておもしろくなかった佐藤賢一の『遺訓』

『遺訓』(佐藤賢一新潮文庫、2021年)を読み終えた。同じ著者の『新徴組』の続編といっていい作品だ。『新徴組』が幕末から明治維新にかけての庄内藩の動きを描いているのに対し、『遺訓』は明治6年から明治11年にかけての、庄内と薩摩の動きを描く。

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庄内と薩摩から明治維新の裏面を描いた『遺訓』

主人公は、『新徴組』ではまだ幼かった新徴組剣士・沖田芳次郎。新選組沖田総司の甥だ。彼がまず元庄内藩のブレーン酒井玄蕃を護衛し、玄蕃亡き後は西郷隆盛を護衛する。作品の前半で、戊辰戦争で朝敵と名指しされた庄内藩と西郷のかかわりが描かれ、後半ではその西郷が西南戦争に引きずり出されるプロセスと戦争の顛末が描かれ、西郷亡き後、庄内藩士たちが西郷の遺志を伝えようと「遺訓」を編纂するところで終わる。芳次郎は全体の出来事に立ち会うが、主体的な動きをしているわけではなく、動きの少ない酒井玄蕃西郷隆盛の引き立て役という感じだ。

作品全体は、『新徴組』より動きがあってある意味ではとてもおもしろいのだが、個人的にはおもしろいがゆえにおもしろくないといういささかひねくれた印象をもった。

その理由の一つが、大久保利通をあまりにも単純な悪役として描いていることだ。大久保の権力欲が前面に出されることで、複雑な物語は単純化され分かりやすくなっているのだが、その描写はあまりにも一面的すぎるような気がした。出番が少ない木戸孝允の描写もかなり単純だ。また一面的といえば、作品全藩の中心人物、酒井玄蕃にしても、天才ぶりだけがあまりにも際立ちすぎて、内面にたちいった人物描写という点では、やはりもの足りない。

また酒井玄蕃のエピソードは、物語中盤の伏線ともなっており、作品全体はとてもうまく組み立てられているのだが、『新徴組』を貫いていた戦争の意味を問うといった観念的な面が後退し、作品全体として、やや表層的すぎるという感触をいなめなかった。