自分が参加している学会大会が終わったので、気分転換にジェフリー・アーチャー(1940年生)の小説『百万ドルをとり返せ!』(1976年、永井淳訳、新潮文庫)を読んだ。
人気作品なのでお読みになった方も多いとおもうが、アーチャーは元々イギリスの政治家で、幽霊会社への投資で財産を失い、事件の体験をもとにして書いた処女小説がこの『百万ドルをとり返せ!』だ。この作品がベストセラーになったことで、アーチャーは財産を取り戻したという。
物語は、ポーランド系のアメリカ人ハーヴェイ・メトカーフが仕掛けた北海油田の開発会社への有利な投資という詐欺で財産を失った、スティーヴン(大学の客員フェロー)、ジャン=ピエール(画廊経営者)、ロビン(医師)、ジェイムズ(芝居好きの貴族)の4人が、失った金を取り返すために共同で巧妙な作戦を立て、<1ペニーも多くなく、1ペニーも少なくなく(これが小説の原題)>金を取り返すという話。ジェイムズ以外の3人は、それぞれの持ち味を活かして作戦を練り、ハーヴェイからうまく金を巻き上げるのだが、ジェイムズ1人は何も作戦を思いつかない。しかし最後に大どんでん返しがあって、ジェイムズもめでたくハーヴェイの金を手にすることになる。読んでいて、話の途中から、物語に逆転がありそうだということはなんとなく匂ってくるのだが、それでも、それが小説に書かれたような逆転とはまったく思いもよらず、その意味ではすごい結末に脱帽。
ただし、どんでん返しを狙った分だけ、前の方の作戦実行の話がちょっと弱いのは事実。4人の<騙し>がどうせ成功すると分かっているので、緊迫感がないのだ(そのなかでは、アーチャー自身がオックスフォード出身なので、オックスフォードのエピソードが細部まで一番よく書けていると思う)。書き方として、アーチャーは、最初にどんでん返しを考えて、それに前の3つのエピソードを付け加えていったのではないだろうか。
ところで、この作品は金持ちたちの食事のシーンが多いのだが、凝ったメニューが紹介されるだけでなく、それぞれの食事にあわせて、プイィ・フュイッセ、ムートン・カデ、エシェゾーといったフランス・ワインが添えられる。そしてそのワインの選択から、そのときの登場人物たちの気持ちが推し量られるのが、ワイン好きの私にはたまらなくおもしろかった。ただし、翻訳での「冷えたヴィシソワーズ」(252頁)という表現は、「冷たいヴィシソワーズ」の方が良かったのでは…。