8月28日、東京二期会公演で、アルバン・ベルク(1885年~1935年)のオペラ『ルル』を鑑賞し、オペラ表現の根源性を考え震撼させられた(於:新宿文化センター大ホール)。
『ルル』はフランク・ヴェーデキント(1864年~1918年)の戯曲『地霊』と『パンドラの箱』に基づくオペラで、夫を次々と死に追いやる魔性の女ルルと彼女を取り巻く男女の複雑な関係や行動を描いている。SEX、不倫、同性愛、殺人、疫病に満ちあふれた世界を無調音楽で表現するというかなり強烈な作品だ。20世紀オペラの傑作とされながら、刺激の強い内容と演奏の難しさからあまり上演されない作品でもあり、私も今回が初の鑑賞。
ベルクはこの作品を1928年頃から作曲し始め、結局再終幕である第三幕の音楽を書き終えることなく亡くなった。このため『ルル』は、後に別の作曲家が補筆・完成させた三幕形式で上演されることもあるが、今回の二期会の公演は、第二幕のあとに「ルル組曲」を演奏して第三幕の内容を暗示して終演するという形式の上演だった。
さて『ルル』が描くのは、いわば調和を失った世界のどろどろした人間関係で、普通に考えるととてもオペラの題材になりそうにないのだが、それをあえてオペラにしたベルクの着眼がまずすごい(今回の公演を観るまで私は、この作品はセンセーショナルな話題性を狙ったキワモノオペラだと思い込んでいた!)。つまり、オペラという舞台芸術は、セリフを語る一般的な芝居よりも抽象度が高いので、題材のもつ刺激性がいったんフィルターにかかったような状態で伝えられる。したがって、オペラ『ルル』は、不道徳性をリアルに提示して聴衆がそれをどう考えるかを問うのではなく、世界の調和が失われているということを観念として提示する。そしてそれが観念の世界のできごとであるということを、音楽が補強する。もしかするとベルクは、無調音楽で表現するのにふさわしい題材を考えていたときに『ルル』の物語に出会い、オペラ化をすすめたのかもしれない。それほど、この作品の物語と音楽は融合している。
森谷真理(ルル)をはじめとする歌の水準も高く、ところどころの重唱もみごとだった。
演出・美術は、映像や人形を多用し、作品の観念性を強調していた。
また今回の演出は、ルルの分身を歌なしのマイムや舞踏だけの役として登場させたが、その扱い方も秀逸で、特に最終場面は、言葉にも音楽にもよらない第三の身体表現として、非常にスリリングだった。
今回の『ルル』公演を、私はオペラという芸術の根源性にかかわるものとして鑑賞した。