大島真寿美氏の小説『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文春文庫、2021年、以下『渦』と略記)を読んだ。作品は、江戸時代中期の人形浄瑠璃台本作者・近松半二(享保十年<1725年>~天明三年<1783年>)の生涯を描いた伝記小説。

『渦』を読んでまず驚かされるのは、その特異な叙述スタイル。
大坂・道頓堀の人形芝居が話の中心になるので、登場人物たちが話す言葉は当然ディープな浪花弁なのだが、会話以外の地の文章も、それにつられてしばしば浪花弁になる。しかも、<会話>と<思い(心中独白)>が「」の記号なしでつながっていく箇所が非常に多いのだ。
歌舞伎の台本を書き始めた旧友・並木正三(久太)とのやり取りからそうした箇所を少し抜き出してみる。
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やられたなあ、と半二は嘆息する。あいつ、そんな気でおったんかい。歌舞伎かあ。歌舞伎なあ。
浄瑠璃を書いたわけではないので、多少、気持ちを慰められもするが、出し抜かれたという思いにかられるのはどうしようもない。しかし底知れんやっちゃな、あいつは。まったく油断ならんで。
おまけに正三てなんや、正三て。
道頓堀で久太をひっつかまえて、詰問した。おい、なんでお前、黙ってたんや。
久太はいつものようにのらのらとして、なんもかも、成り行きみたいなもんですわ、と笑っている。(本書47頁)
半二は諦め半分に思う。歌舞伎は所詮、役者のもんや。そこがもうひとつ、歌舞伎になじめんところや。と残念なような、どことなく安心したような。さぞかし正三もここで苦心してんのやろな、と慮る。客足も顔見世にしては鈍かったし、空きもぽつぽつ目立っていたし、これは早々に打ち切られるのではないかと思われた。致し方あるまい。ここはそういう世界なんや。厳しい世界や。(本書53頁)
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テンポの速い、この独特の文体に引かれて読み進んでいくと、あっという間に話のなかに引きずり込まれてしまう。
ここで近松半二について少し説明すると、半二の父・穂積以貫は、儒学者・伊藤仁斎の長男・東涯の弟子(渡辺浩氏『近世日本社会と宋学<増補新装版>』231頁参照)だが、人形浄瑠璃が好きで、近松門左衛門とは愛用の硯を譲り受けるほど親しかった。その影響で、半二も幼いころから人形浄瑠璃に入りびたり、家業を継がずに浄瑠璃の世界に飛び込む。とはいえ、最初から台本作者を目指していたわけではなく、雑用係として芝居に係るうちに、芝居の台本を書くようになる。試行錯誤を繰り返した台本作者への道だったが、宝暦十二年(1762年)に書いた『奥州安達原』の頃から作劇法も身につき、作者としての評判も高くなってくる。
「半二はふと、己の手をみた。指を動かしてみた。握っていない筆がみえた気がした。まだ書かれていない文字がみえた気がした。わしはわしのためだけに浄瑠璃を書いてんのやない、とふいに半二は思う。たとえばわしは、(竹田)治蔵を背負って書いとんのや。いや、それだけやない。それをいうなら、治蔵だけやのうて、筆を握ったまま死んでった大勢の者らの念をすべて背負って書いとんのやないか。ひょっとして浄瑠璃を書くとは、そういうことなのではないだろうか、と半二は思う。この世もあの世も渾然となった渦のなかで、この人の世の凄まじさを詞章にしていく。」(本書224頁)
これは単に台本作者・近松半二の内面を描写した文章ではないだろう。作家・大島氏自身の「ものを書くとはこういうこと」という文学論が、半二という作中人物を借りて表現されたのではないだろうか。主人公が文筆家ということで、この作品には文学論としてのおもしろさがある。
そしてもう一つ。半二の台本が人形浄瑠璃に向けたものであるので、人間が演じる歌舞伎芝居と操芝居(人形浄瑠璃)の違いに対する鋭い考察が、作品に奥行きを与えている。
「ままならぬのが人の世だ。艱難辛苦に翻弄され、泥にまみれていくのが人の世だ。醜い争いや、失望や、意図せぬ行き違い、諍い、不幸な流れ、辛い縁に泣き濡れて、逃れられぬ定めに振り回されていくばかりが人の世だ。それなのに、なぜうつくしい。そうよな。それが操浄瑠璃よな。半二はつるりとした、皴もなければ毛穴もない、なんのひっかかりもない、舞台のうえの、白い人形を凝視していた。そうや、操浄瑠璃はそもそも、うつくしいんや。汚いもん、洗い流して、うつくしいもん、みしてくれるんや。この世は汚いまんまやけどな。そんでも、汚いもんの向こうにうつくしいもんがある、いうとこをわしらにみしてくれとるんや。」(本書366頁)
「人形さんらはな、死なへんのや。死なへんくせに生きとんのや。わしらはその世界に束の間、浮かぶんや。」(本書367頁)
長くなってしまったが、文学論あり、人形論ありで、単なる伝記小説の枠を超えた優れた作品だと思った。
なお、本作は2019年に直木賞を受賞している。