江戸時代の経済問題に切り込んだ『江戸の経済官僚』(徳間文庫、1994年)に続いて、同じ著者・佐藤雅美の時代小説『恵比寿屋喜兵衛手控え』(講談社時代小説文庫、2021年)を読んでみた。江戸・馬喰町の旅人宿・恵比寿屋の主・喜兵衛を主人公にした犯罪(推理)小説だ。

作品冒頭の説明によれば、江戸時代の馬喰町には幕府公認の旅人宿が百軒ほどひしめいていたというが、恵比寿屋は、一見客を相手にする他の宿屋との違いを出すために、訴訟をかかえて地方から江戸に来る客を泊めて、その訴訟の世話をしている。物語は、喜兵衛の評判をきいて、越後から六助という若者が訪ねてくる場面から始まり、六助の訴訟の進行を追っていく。
六助の訴訟は、越後縮の買い付けを行っている兄が、手付金60両を着服したとして、四谷の住人・正十郎という男から手付金の返却を求められているというもの。現代でいえば民事の訴訟だ。
しかしこうした訴訟に慣れた喜兵衛の目からすると、六助の兄を訴えている訴訟人は素性の怪しい者で、訴訟自体がうさんくさい。そして、そうした怪しい者の怪しい訴訟を奉行所が受け付けたということ自体が、そもそもうさんくさい。物語は、訴訟事件そのものの黒白を追うのではなく、最初からうさんくさい臭いのした事件のうさんくささを明らかにする方向に向かう。
とまあ、こうした内容で、訴訟手続きを手助けする宿の存在、訴訟にかかる費用や訴訟の進行などを細かく追っているのが、この作品の味噌。犯罪を題材にしているが、いわゆる<謎解き>には距離を置いている。
平成六年の直木賞受賞作。