本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

夏目漱石最後の作品『明暗』を読む

『道草』に続いて、夏目漱石(1867年<慶応三年>~1916年<大正五年>)の最後の小説『明暗』(1916年<大正五年>)を読んだ。病気のためについに完成させることができず、未完に終わった大作だ。

物語は、結婚したばかりの津田とお延という夫婦を中心に展開する。新婚でモノ入りが多く当座の生活費捻出に困惑している夫婦に、津田の入院という事態が重なる。金銭問題や愛情についての津田とお延の考え方や思惑の違いに、さまざまな人たちがからんでくる。書かれた部分の後半になって、津田にはお延と結婚する前に愛していた清子という女性がおり、その清子は関という男と結婚してしまったということが明らかにされる。そして自分の内面の問題を解決するために津田が清子の滞在先である温泉宿に出かけ、二人が最初の会話を交わしたところで執筆が中断されている。

これが漱石最後の作品ということもあり、『明暗』に関してはその後どのように話を展開させるつもりだったのかといろいろな推測が生じるわけだが、私は、漱石自身その後の展開に関してはっきりした見通しをもっていなかったのではないかという気がする。書かれた部分だけで『明暗』は前作『道草』の約2倍の分量があるが(新潮文庫版の本文でいうと『道草』292頁に対し『明暗』は597頁)、もしかすると、新聞連載開始の都合上、漠然とした人物設定と筋立てを考えただけで執筆を開始し、物語をどういう方向に展開させるのか自分でも考えがまとまらずに、清子に会いに行くまでのエピソードが長くなってしまったのではないだろうか。

あえて言うならば、晩年の漱石は、『道草』執筆の時点で小説の題材をどうするかに悩んで自伝的な作品を書き、『明暗』の時点ではさらに悩んで新たな題材を模索していたといえるだろうか。そういう意味では、津田とお延の想念のすれ違いは、『道草』の健三とお住のすれ違いをかたちを変えて発展させたものと考えることもできるようにおもう。そしてそれにお延と知り合う前に愛していた清子をからませ、清子と津田の葛藤、それが津田とお延の関係にどう影響してくるのか明らかにするといったところが、『明暗』という作品の狙いという気がする。

ただ『道草』の結びの言葉「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」(新潮文庫292頁)を援用して推測すれば、晩年の漱石は、作品に一定の結末を与えることそのものに、疑問を感じていたとみることもできるのではないだろうか。

その点からすれば、『明暗』は未刊のままで完結と言えなくもないのだが、それにしても現在の終わり方が漱石の本意とはおもえない。

残された部分の人物描写や会話から漱石の意図を探るという作業は可能だろうが、漱石にならって、その作業はあえて未完ということにさせてもらおう。漱石が晩年に目指したという「則天去私」の境地も、結局私には分からずじまいだった。

f:id:helvetius:20210730163050j:plain

病気のために未完に終わった夏目漱石最後の小説『明暗』