本と植物と日常

本を読んだり、訳したり、植物に水をやったりの日々…。

フォークナー『サンクチュアリ』を読む

サンクチュアリ』は、フォークナー(1897年~1962年)が『死の床に横たわりて』に続いて1931年に発表した長編小説。タイトルには「聖域」「隠れ家」といった意味がある。私はこれを大橋健三郎訳(筑摩書房<世界文学全集所収>)で読んだ。

話は、アメリカ、ミシシッピー州の架空の土地ヨクナパトーファ郡のジェファソン近郊のフレンチマンズ・ベンドとして知られる古い屋敷を中心に展開する。物語では、この屋敷はリー・グッドマンを中心とする密造酒製造の一味の隠れ家(聖域)とされる。ここに、道に迷った弁護士ベンボウ、交通事故に遇った女子大生テンプルらが入り込む。テンプルをめぐって、男たちの欲望が動き出し、グッドマンの仲間ポパイは仲間のトミーを射殺する。グッドマンがそれを通報すると、密造酒製造でふだんからにらまれていた彼は、逆に殺人犯として拘束され、ベンボウがその弁護をかってでる。

と、ここまでは探偵小説風の設定だが、証人の偽証によってグッドマンは有罪とされ、処刑前にリンチで殺される。言わば、聖域崩壊の物語だ。

フォークナーの主眼は、物語そのものというより、ヨクナパトーファ郡に生きる人々の群像を描き出すことにあるといっていいだろう。そしてそれを描くとき、直前に執筆した『響きと怒り』『死の床に横たわりて』で試みた、さまざまな登場人物にそれぞれの主観をとおして見た出来事を語らせるという手法を大幅に変更し、通常の小説のように統一された第三者的な視点をとおして物語が進行していく。

さまざまな登場人物のなかでは、冷酷な殺人犯ポパイが、フォークナーがもっとも力を入れて描こうとした人物ではないだろうか。彼は、人を簡単に殺すだけでなく、自分が殺されるときにも平然としている。その一方で、性的不能というコンプレックスをかかえ(少なくとも私は、これを作品のなかの叙述から読み取ることはできず、解説を読んで納得した。この作品でもフォークナーの叙述はけして分かりやすくはない)、性をめぐっては複雑な行動をとる。

この文章を書いている時点で、私はフォークナーの次作『八月の光』をすでに読み終えているのだが、このポパイの人間像は、『八月の光』に登場するクリスマスの描写でさらに深められているようにおもう。『八月の光』を読んでしまうと、『サンクチュアリ』はそのための習作という気がしてくる。

 

追記:その後フォークナーの長編第3作『サートリス』を読み、ベンボウの過去や性格は『サートリス』で詳しく語られていることを知った。